「人間には、水が流れている」
そのまままっすぐに風呂に向かえば、宿の女が背中を流しましょうかと声をかけてきた。それを断り、脱衣所で裸になって浴室に入る。ざばりと体に湯をかけ、軽く肌を手ぬぐいで擦る間にも汀は疑問を浮かべた視線を、ずっと孝明に投げかけ続けた。それに気づいていないはずはないのに、孝明は自分の体を拭い終えると湯をかぶり、汀に声をかけた。
「ちゃんと、耳の裏や指の間まで磨いたか」
「孝明こそ、磨いたのか」
「ああ、磨いた」
ざばりと汀も湯をかぶり、体を流す。そうして共に湯船につかり、ふうと息を吐き出したところで、唐突に孝明が言った。
「人間には、水が流れている」
きょとんとする汀の手を取り、手のひらに湯を掬わせた。
「人の体は、湯船のように水を湛えている。その水は、ぐるぐると体の中を巡っている。ちゃんとした順番を守って、ぐるぐるぐるぐる、回っている」
ぱちゃん、と音をさせて掴んでいる汀の手で水面を叩いた。
「水、というよりも血――と言ったほうが、わかりやすいか」
「血……」
「そう、血だ。血が流れているのは、わかるな」
こくん、と汀が頷いた。
「血は、いろいろなものを運んでいく。その流れが止まってしまえば、人は死ぬ。人だけじゃない。動物はすべて死ぬ。――植物も、血ではないが水を含んで茎や幹の中を流している。それが止まれば、枯れてしまう」
汀が理解をしているかどうかを確認するように、孝明が言葉を切った。わかっているというように、汀が頷く。
「人の体には、血と同じように流れているものがある。それが、気脈というものだ。気合を発するとか、気合を入れるとか、聞いたことがあるだろう」
「重いものを持つ時に、うんしょってするやつだろう」