男の腹を剣の鞘で撫でた。
「なんだと」
色めき立つ男たちに、鞘に納めたままの長剣を掴んで突き付ける。優男としか見えない孝明の手に不釣り合いな重厚さを放つ長剣に、男たち――おそらくは山賊――は鼻で笑った。
「おいおい、兄さん……アンタのその細腕で、それを振り回しておれらを相手に立ちまわる気か?」
「やめとけやめとけ。綺麗な顔が、ぐっちゃぐちゃになるだけだぜぇ?」
男たちの笑い声に、汀が怯えた顔を上げる。
「孝明」
不安に声を震わせる汀に、いつもと変わらぬ笑みを浮かべた孝明が、大丈夫だと呟いた。
「すぐに、終わらせる」
突き付けた長剣を下し、無造作に歩き出した孝明へ、男の一人が剣を振りかぶって迫った。
「うぅりゃあ!」
ぶぅん、と音をさせて振り下ろされたそれを、すいっと人ごみで誰かをすり抜けるように躱した孝明は、特に力を込めた様子もなく腕を持ち上げ男の腹を剣の鞘で撫でた。
「――おぅ?」
撫でられた箇所に手を当てた男は、ぐるんと白目をむいて膝を着き、糸の切れた操り人形のように倒れ伏す。
「なっ、何をしがやった」
「見た通りの事を」
両手で刀を構える男に、たらりたらりと覇気無く孝明が歩み寄る。倒れ伏した男と柔和に歩いてくる孝明との落差に、男たちは足元から恐怖にすくい上げられ、それから逃れるために雄たけびを上げて得物を振り上げ、一斉に躍りかかった。
「おぉおおおっ」
その声に気圧されて、汀はビクンと身を震わせて、焔の首にしがみついた。
ふうっと息を吐き出した孝明は、ゆらり、ゆらりと迫る男たちの横を通り過ぎざま、鞘を軽く彼らの体に当てていく。すれば男たちは支えを失った藁束のように、ころりと地面に横になった。