「汀の迎えが、来たのかもしんねぇな」
大名が到着してから五日目。
明日には出立するという話を、宗平は朝餉を運んできたものから聞いた。汀は孝明が姿を消してからも自主練を怠ることなく、ヒョウタンを抱えては庭先で「う~ん、う~ん」と唸っている。ヒョウタンから水が顔を出して吹き出すまでは行くが、その水をきれいに戻すことが課題らしく、宗平も汀が眉間にしわを寄せて集中をしているのに、拳を握り息をつめて見守っては、ヒョウタンの縁に水があふれて落ちてしまうと、汀と共に落胆の息を吐きだしたり、休憩を擦る汀と遊んだり、刀を手に取り鍛錬を行ったりして過ごしていた。
宗平が帰ってきたことは、本宅には告げないように言ってあるからか、彼を訪ねてくる者は居なかった。――昼餉を終えるまでは。
「客――?」
「身なりの良い、まるで役者のような男が訪ねてきております」
名前を聞いても名乗らない男で、宗平が大名様へ舞を献上するために送った孝明の使いだと言っていると聞き、茶と茶菓子を用意して通すようにと伝えた。
「汀の迎えが、来たのかもしんねぇな」
池にヒョウタンを突っ込んで、水をくんでいる汀に声をかける。自分を妖怪だと言った孝明の語る全てを信用したわけでは無いが、苔に花を咲かせたことといい、忽然と風に巻かれて姿を消したことといい、疑いきることも出来ない。大名の傍に妖が居るという話が本当で、その妖の正体が孝明の説明のとおりであれば、大名の帰還とともに汀を連れて行くことは自然な流れだと思えた。
汀が連れて行かれれば、自分はどうするのか。もう孝明と会うことは無いのだろうか。そう悩みながら、宗平は少々緊張気味に客が現れるのを鯉を眺める汀の横に立って待った。
そこに現れたのは長親で、孝明と同様の働きをしている見知らぬものが来ると思っていた宗平は、目を丸くした。
「なかなか、いい暮らしをしているのだな」
「なんで、アンタが来るんだよ」
「孝明が戻ってくると思ったか」