近習としたいところだが、どう思う
「――おいおい、話が急すぎやしねぇか。確認と納得をする間ぐれぇ、与えてくれよ」
ぼやく宗平は懐に押し込まれた銅版を取り出し、目を落とした。そこには、一つ目の梟の姿が彫られていた。
宗平の前から消えた孝明は、雨戸を締め切り光を遮った板間の部屋の中にうずくまるようにして、座っていた。
うすく光の切れ目が闇の中に生まれ、襖が開かれる。白い日の光の中に浮かんだのは、長親だった。逆光で見えぬ顔には、おそらく玩具を手に入れた子どものような笑みを浮かべているのだろうと、顔も上げずに孝明は思う。
静かに襖が閉められて、部屋はまた闇となった。ほんの少し先も見えぬ暗い室内を、明るい部屋に居るように迷いの無い足取りで進んだ長親は、孝明の前に腰を下ろす。
「大名様は、明日ご到着の予定だ。行程の遅れも無く、問題も無いままに参られる」
孝明は、身じろぎすらせずにその声を聞いていた。
「オマエと、その他の者たちが集めた話はすべてまとめて、報告を終えている。明日、領主への裁断が下される。――立場と言うものの認識をはき違えた苦労知らずの男が、どんな顔をするのか想像がつきすぎて、まったくつまらんな」
ふう、と息を吐き出した長親の声音が、急に優しげなものに変わった。
「二月も誰かと共に気安く過ごしたのは、どれくらいぶりだった」
孝明は、答えない。
「あれは、いい男だな――孝明。あれを、大名様の近習としたいところだが、どう思う」
孝明は、まるで石になったかのように動きを止めていた。しばらく待ってみても、孝明が何の反応も示さないと決めていることに気付き、長親は諦めたような呆れたような息を吐いた。
「大名様が滞在なされるのは五日だ。その間に、遺漏なきよう務めろ。下らない 呪詛やなんやと、仕掛けてこようとするバカが居ないとも限らないからな」
「――おおせのままに」
初めて口を開いた孝明の後頭部を、軽く手のひらで打ち据えてから長親が退室する。その仕草が幼子を愛しみを込めて叱る親のようで、顔を上げた孝明はそっと打たれた頭に手を添えて、口の端をうっすらと持ち上げた。