「大名は妖を飼っているという話を、聞いたことは無いか」
「岩――?」
孝明が示したのは、池の中ほどから顔を出している苔むしたものだった。それに目を向ける宗平の横で、口内で何やらつぶやいた孝明が胸の前に指を立て、そこに息を吹きかけて岩を指せば、苔がみるみる膨らんで小さく白い花を咲かせた。
「――ッ、こりゃあ……」
絶句した宗平の横で鯉に菓子を与えるのを止めた汀が、目を丸くして岩を見つめる。二人の様子に、寂しげに目を細めた孝明が言った。
「これが、おれの正体だ」
え、と宗平が顔を向け、汀がきょとんとして孝明を見上げる。汀に笑みかけた孝明が
「汀――オマエは、これに近いことが出来るようになる。まだ、具体的にどのようなことが出来るかは、おれにもわからないが」
その言葉に、汀は目を輝かせて竜の根付を両手で包み、捧げ持つようにして意識を集中する。そうすれば池の水が波打ち始めた。
「んん~っ」
唸りながら力を込める汀に呼応するように、波がだんだん渦となる。けれど、それ以上の変化が認められないまま、ぷはっと汀が息を吐き出し気を緩めると、水面は徐々に動きを止めて静まった。残念そうに唇を尖らせる汀の頭に慰めるように手を乗せて、宗平は孝明を見た。説明を求める強い瞳に促され、孝明はまっすぐに宗平に体を向けて口を開く。
「大名は妖を飼っているという話を、聞いたことは無いか」
「ああ、それなら聞いたことがあるぜ。大名は代々、妖怪を従えて諸国に放ち、領主の治政を監視しているって…………な」
言いながら、先ほど孝明が見せたものと今の話を重ねあわせた宗平の表情が、さざ波のような驚きに乱れ始める。それを鎮めるように、孝明が頷いた。
「おれは、その妖怪だ」
何かを言おうと口を開く宗平の動きを、定まらぬ感情が縛り封じる。それを悲しげに受け止めた孝明が背を向け歩き出すのに、ようやっと自分の感情の呪縛から逃れた宗平が追いかけ、肩を掴み乱暴に振り向かせた。