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今年は僕の目を引く屋台が少ないな、全体の1割ってところかね。
ただし。食べ物屋に限る。
『先輩、今年は不作のようですね。仕方がないので最後の店に行きますよ』
『揚、俺が覚えているだけで7軒分は食べていたと思うが…』
『そう、たったの7軒。今年は不作』
『そういうものか』
『そういうものです』
先輩は「俺か、間違っているのは俺の方か」とかぶつぶつ言いながらついてきている。
難儀な人だ、苦労人しかもセルフ苦労人。何をそんなに難しく考えるのか。まあ、僕には関係ないことか。
僕の周りには変わった人しかいないのかね。
『先輩、初めての祭りはどうでしたか』
僕の言葉にハッとした顔をして近づいてくる。いい笑顔だね、面倒の香りがするよ。
『楽しいに決まっている。やはり友と遊ぶとはこういうことなんだな、揚もやっと俺との友情を深めようと、感動だ』
『いやいや、普通の友達がどんなものか知りませんが、今日はただひたすら僕が食べている後ろをついてきただけですよね。話しも食べ物の評価を聞く、それだけですよね』
『しかし揚。一般的な友達スタイルは俺にもわからないが。俺たちは俺たちのスタイルでいいじゃないか』
『なるほど、確かに。そもそも僕や先輩に一般的なスタイルが当てはまるとは思いませんしね』
先輩はさわやかな笑顔で喜びを表現している。面白い人だね先輩は…ちょっと面倒くさいけどね。さて、ラストから揚げが僕を…いや、僕達を待っているね。
私は生徒会長として、自分の学校の生徒を心配しているのよ、そう、生徒会長としてね。
断じて、狩野を偶然見つけたからってわけじゃないのよ、そう、そうよ私。
驚いたわ、あいつはこういうところに来るタイプじゃないと思っていたから…
やっぱりおまけのから揚げの君はセットか。
それにしても、白いスーツ…かっこいい…ってなんで花見祭りにスーツ。
ほとんど会話してないし、大丈夫かしらあの2人…いや、どうでもいいけどね。生徒会長としてあんな怪しい2人組みは無視できないわ。見つからないように跡をつけましょう。
私はイチゴあめを買いながら様子を伺う…から揚げの君わざわざ先の店のイチゴあめを買ってる…
私もその店でもうひとつあめを買う…おいしい…おいしいわ…さすが敵ながら天晴れ。
から揚げの君が買う店に外れ無し。覚えておきましょう。
それにしても、あんな嬉しそうな狩野なかなか見れないわね。もうちょっとおしゃれしてこればよかったわ…生徒会長としてよ。
どんどん人が少ない方に行くわね、怪しい、怪しすぎるわ。
ひょっとして、2人はただならぬ関係なのかしら、嫌よ嫌過ぎるわ、もしそうだったら私はどうしたらいいの、『神様私を助けて』
『残念な生徒会長は尾行もできないのですね。それに神様なんていませんよ』
『げっ、梅子』
『狩野、名前で呼ばないの。から揚げうるさい』
『僕をから揚げ扱いとは…光栄ですな』
なに満足そうにしてるのよ、あの馬鹿。皮肉が通じないのかしら。
ああ、狩野は心底嫌な物を見るような目をしてるわ…ちょっと凹むわね、ちょっとね…
『残念な生徒会長の梅子さんに、入り口の鳥居からこそこそあとをつけてくる梅子さんに、素晴しいから揚げを味合わせてあげましょう。先輩のおごりで』
僕にはわかります。梅子先輩は先輩にぞっこんラブですな。上手くいけば先輩の女性苦手も治るかも…といっても先輩は梅子先輩とは普通に接している…脈あり…かも…
『揚、なんで俺が梅子に奢らなければならないんだ』
『流れです。そう、流れ…』
『狩野、自分の分くらい自分で出すわよ』
『駄目です。こういう場面は男が払う。それが男気。ねー先輩』
『う、男気…そういうことなのか。ならばこの流れ。乗ろう』
『さすがは先輩』
『こうやって、いつも狩野を転がしているのね』
『梅子先輩人聞きの悪い表現はやめていただきたいですね。これが僕らのスタイルですよ、ね』
『そうだ、俺たちのスタイルだな』
まあ、こんなところかな。これで僕はから揚げに集中できる。計画通り…
僕は意識を前に向ける、今年もあった、ホッとする。
『今回も来ました』
『いらっしゃい』
陰気な低い声、猫背でいかにも自信がなさそうな出で立ち…
しかし、店主に気を取られる事なかれ…屋台という屋外にあるのにこの綺麗なカウンター。
油にも気を使っている、店主の心が細部にまで伝わる。
梅子先輩が僕を後ろから突く。かなりの小声で僕に囁く。
『この人が作るもの大丈夫なの』
僕は振り返り先輩2人を前にハッキリと言い放つ。
『損をしたくなければ、黙って口に入れることです』
僕は店主の方に向き直り、目と目で会話しているかのように見つめあう…
『後ろの2人には1人前を、僕にも1人前をお願いいたします』
『はい…』
『『え・・・』』
後ろの2人から声が漏れる…から揚げを揚げるその姿の素晴しさに、その動きの無駄のなさに…そして、活き活きとしたその表情に。
『ねえ、店主さんいつもあの顔してればいいんじゃないの』
『先輩、彼は人がとても苦手なのです。対人恐怖症一歩手前なほどに…しかし、そのおかげでから揚げと向き合い続けこの一品が産まれたのです』
先輩2人は微妙な表情で顔を見合わせている。
『対人恐怖症一歩手前の段階で転職考えなかったのかな』
『そうよね』
『細かいことはいいのですよ。僕はここのから揚げが食べれればそれで』
その後、言葉をなくした二人の先輩を横目に5人前のから揚げを注文するのであった。
夏の祭りも楽しみだね。