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三人で歩いて行くと遠くから賑やかな音と周囲の人の数がどんどん増えてくる。そういえばフライの食感を楽しみすぎて忘れていたよ。
先輩と待ち合わせしていたんだったね。
腕に食い込む時計の針はほぼ18時…うん、ちょっと遅れるな。
それから10分後。鳥居が見えてきた。
おかしいな、これだけ人がいるのに鳥居の下に空白地帯があるなんて。
先輩どこかな。
『揚、揚こっちだ。俺はここだ』
空白地帯の真ん中から手が伸びている。
『先輩、なにやってるんですか。遅れたのは僕ですがね』
女性が遠巻きに先輩を囲んでいたようで、女性と話すのが苦手な先輩は動けずにいたらしい。
『先輩、こちらが家の両親です。ママ、ちち、こちらが学校の先輩です』
『狩野信也といいます。揚君の親友をさせてもらっています。お会いできて光栄です』
なぜか、花見に白いスーツ姿の先輩は僕の両親と握手をしていた。
『揚がお世話になっています。昔から人付き合いの苦手な子で、ご迷惑かけてないかしら』
『迷惑だなんて、いろいろ教えられるいい男ですよ揚は』
『狩野君、そこまで言ってもらえると親として鼻が高いよ。今度家にも遊びに来てほしいものだ』
『それはやめてもらいたいですね』
『揚は素直じゃないんだから』『ほんとにな、そういう年頃か』
花も楽しめよと言い残し、両親は笑いながら人ごみに消えていった。
『素晴しいご両親だな。温かく、安心感に溢れているな』
少し遠い目をしながら、僕の両親が消えて行った道を見つめている先輩…
『それよりも、なぜそんなホストのような格好をチョイスしたのか。僕にはその方が興味深いですがね、先輩』
『俺の魂の学ランはやめてくれとお前が言うから、普段着で来たのに何か変か』
『いえ、それが普段着ならば僕の口から出る言葉はもうありません。後は口から食べ物を入れるのみですね』
『こういうところは実は初めてきたので勝手がわからないんだ』
『では、黙って僕についてきてください。黙ってですよ』
『揚、ついて行くのはもちろんいいが、黙る必要はない』
『さりげなく誘導したつもりがやっぱり気づきましたか』
『楽しく見て回るのに会話は大事だろう』
『先輩、ここは戦場ですよ』
そう…桜舞い散るこのステージは戦場…
僕の五感は磨きぬかれた槍の穂先のよう。先輩には言葉よりも見てもらった方が早いかな。
『先輩、僕の戦いを見ればわかるはずです…ご覧あれ』
なんだろう、揚の奴の身に纏う空気が変わった…始めてあったあの時を思い出させるこの気迫…本気だ、奴は本気でここが戦場だと確信している。
俺からかける言葉は無いな、見せてもらうぜお前の戦いを。
黙って揚の後ろを歩く、すぐに足を止め笑顔で店主に話しかける。
『値段設定教えてもらってもいいですか』
『そこに書いてあるように300円、500円、700円の三種類だよ。おまけするから味見てってくれよ』
『じゃあ、300円のをひとつくださいね』
『あいよ、兄ちゃんありがとうな。おまけしといたぜ、またよろしくな』
『おまけありがとうございます』
『先輩、わかりましたか…僕の言葉の意味が。ここは戦場なのです』
『わかったぜ…』
揚は戦士だった、声をかける前から店主との戦いは始まっていた。屋台といえども清潔さ、売り物に対する扱い、それらを疎かにしている屋台等は揚に声もかけてもらえないだろう。
その点で先ほどの店はある程度のレベルを超えている証明…
値段をわかりやすく表示してあるのにあえて聞く。俺は見逃さなかった、楊の一瞬見せた鋭い目を、店主の反応と受け答えを見極めてからの注文。
最後の感謝の言葉は味のレベルを確認した後、再度買うことがあった時のための布石…
ここは戦場。ただ食べてみればいいなんて気持ちじゃ生き残れない…わけでもないが。
揚の気持ちはわかった、恐怖するほどに。
『まあ、先輩は初めてですから気楽に楽しんだらいいんじゃないですか、1人でふらふらも楽しいですよ』
『揚、そんなに俺が嫌いか』
『嫌いなら、初めから勢いでも約束しませんよ』
揚…素直じゃない俺の親友。
『うーん、おしいな。感じのいい店だったけど、味が65点位かな、来年に期待ですな』
『ひとつくれよ、揚』
『やだな先輩。300円で売ってますよ。さっき一緒に行った店ですよ』
『よーくわかった。後で奢るからひとつ味見させてくれよ』
『どうぞ、先輩。僕のおススメは左にある小さいのですよ』
まったく、わかりやすいな。
揚、おススメの左の小さい物をひとつ貰う………ん、おいしいじゃないか、これが65点。
『65点か』
『65点です』
よくわからないが、2人で顔を見合わせる。揚は旨そうにから揚げを食べるな。なんて思いながら目の前の揚は残りを食べきった。
『先輩、ここには毎回僕が必ず食べるから揚げがあります。そこは前回92点です。そこで奢ってもらいますからね』
揚が92点というから揚げ…想像がつかないな。