3.魔種と公爵
薄暗い事務室の中、クロエは硬い椅子に座り込んでいた。彼女が淹れた紅茶ももうすっかり冷たくなってしまっており、口をつけるのも躊躇われる。ほとんど飲んでいないのにもったいないことだと思わないでもないが、東向きの部屋は夕刻ともなれば温度も低くなっており、少しばかり肌寒いので冷たいものを飲む気分にもなれなかった。それでも彼女がじっとそこに座っているのは、向かいの席のヘンリーが身動き一つしないからだ。
ライガルド塔での狂乱からもう何時間経っただろうか。後処理の最中、ジュリアたちに先んじて解放されたクロエとヘンリーは連れ立って区署へと戻ってきたのだが、それからヘンリーは突然分厚い本を私室から持ってきて読み始めたかと思うと、急にそれを閉じて深く何かを考えているような素振りを見せている。
彼はクロエの目の前で男の首を刎ねてしまったことをひどく気にしているらしく、あの後何度も執拗に謝罪の言葉を述べていた。今こうして沈んでいるように見えるのも、それが一因かもしれないと、クロエは特別な時にしか使わない薔薇のカップに紅茶を淹れて声をかけようとしたのだが、ヘンリーのあまりに深刻な表情に何も言い出せないまま紅茶を差し出すだけになってしまった。
彼は一体何を考えているのだろうか。初めて会ったばかりのクロエに馴れ馴れしく微笑み、既知のジュリアへもそうでないフレッドにも同じように柔らかく笑いかけ、嫌なことを言われてもにこにこと笑う彼が、今別人のような顔で何を考えているのか。クロエの無鉄砲な行動を優しく諭すように諌めたり、冷たい口調で批判したり、しかし泣きそうな顔で抱きしめたりする彼が、黙り込んで何を考えているのか。
(何を考えているの?)
端整な、だが伏し目がちのヘンリーの顔を見つめ、クロエは落ち着かないものを感じている。しかしその気持ちの原因が分からない。なぜ私はこんなにも落ち着かないの?
自問するクロエの鼓膜を、優しくも少々張り詰めたような声が震わせた。
「……クロエ、君はあの犬が魔種だと思うかい?」
「犬、あの私達を襲おうとした白い犬のこと? 魔種だと思うわ。だって蟹のような黒い足が生えていて、どう見ても魔物だったもの。魔種が孵化して、あの犬、いえ、魔物が出てきたのでしょう?」
ヘンリーは薄く微笑みながら再び訊ねてくる。
「なら、さっきのライガルド塔での騒ぎは? あの犬と同じ足を生やしたのは、普通の人間だったようだ」
「……じゃあ、魔種じゃないのかしら」
「いや、魔種だろうね。学校では習わなかった使われ方のようだけれど」
「え?」
ヘンリーはいぶかしむクロエに、分厚い本を示してみせる。
「魔種は難度の高い召喚魔術なしに下級の魔物をすぐ目の前に孵化させられる。そしてそれを兵器として使う。そう習ったね。でも今回は、魔種を人間の体に寄生させたようだ」
「寄生? そんなことができるの?」
「理由は色々とあるけれど、とにかく難しくてほぼ成功しない。だから学校でも寄生についてなんて教えないし、現代の魔導士は考えもしない。ただ、事例が全くない訳ではないようだよ。今回は何らかの方法で成功したんだろうね、あの犬も魔物ではなく、おそらくは普通の犬だったのが体内に寄生した魔種が孵化したことで体を乗っ取られたと考えるべきだ。本部でもまだそこまで調べがついているかどうか分からないけれど、ただライガルド塔での惨状もそうなれば理解できる」
「……確かに」
クロエの相槌を聞き、ヘンリーは視線を右手に走らせた。つられてそちらを見るが何もない。ジュリアの机が静かに佇んでいるだけの見慣れた光景だ。
「でも、僕は瞬時にそこまで頭が回らなかった」
「それは私だって――」
「やはりそうだね。普通は誰だって分からないものなんだ、急には」
独り言のようなヘンリーの口調に首をかしげたその時、建物前の通りで犬が吠えた。
「犬? そう言えば、この辺りは犬が多いのかい」
「ええ、それにジュリアが時々餌をやって可愛がるから。よく吠えるけれど、誰か来たのかしら」
おもむろに玄関がノックされる。返事をし、クロエは玄関へと小走りに向かった。扉を開くと、薄暗い中に自身が身に付けているのと同じ制服の女性――金髪をひっつめ髪にした背の高い女が立っている。そしてその隣には同じ形の、しかし黒い上着の男が一人。華やかな顔立ちの、随分と背の高い美しい男だ。
「……公爵!」
ベッドフォード公爵アルバート・ウェルズリーは、髪と同じ色の深い漆黒の瞳でクロエを見下ろしている。
「災難だったね、クロエ」
三十代前半の彼は、それにしては少々渋い声で言いながら扉の内側へと足を踏み入れる。その瞬間、建物の中の空気が彼の放つ重々しい威厳によって支配されたのが手に取るように感じられた。クロエは慌てて後ずさり、二人分の空間を作った。
「公爵がこんなところへお出でになるなんて、一体どうされたのですか」
「局長?」
背後からの声に振り向けば、ヘンリーが事務室から出てきたところだった。彼も驚いたような顔で公爵を見ている。しかしすぐに笑みを見せ、挨拶もないままに公爵へと言った。
「少しお耳に入れたいことが」
「急ぐようだね。構わない。クロエ、アリスと一緒に少し待っているように」
ヘンリーは公爵を伴って事務室へと消える。クロエは無言のまま立ち尽くすアリスへと視線を向けた。
「あの、アリスさん」
「以前問われたことでしたら、何度問われても答えは変わりません。その女は私ではありません」
「………………」
何も言っていないうちからアリスがそう答えるのは、以前からクロエが彼女に自分の捜し求めている人物ではないかとしつこく訊ねているからだ。彼女は違うと言うが、しかし王太后の手からクロエを救ってくれたあの少女の髪色も年齢も、アリスが一番近いのだ。それに彼女は公爵の秘書のような存在である。クロエを助けたために見出されたのではないかとも思うのだが、彼女も、公爵もまた違うと言うのである。公爵に至っては、そんな女はいないとさえ言う。
そんなはずはないというのになぜ隠すのだろう。クロエの身を、あるいはあの少女の身を守るためだろうか。確かに上司らしき男を殺し、王太后の命に背いてクロエを連れ出したとなればあの少女もただですむはずがない。公爵が上手く手を打ち、彼女を守っているに違いない。だとすれば例えアリスがその少女であっても、それを口にできないのかもしれない。
クロエは口を閉ざし、微動だにしないアリスの隣で公爵とヘンリーの用が済むのを待つ。数分も経たないうちに事務室の扉が開き、ヘンリーが出てきてクロエとアリスに入室を促し、自身は扉の外へと出てしまった。
事務室に入り、クロエは応接椅子に掛けて足を組んでいる公爵へと向かった。
「お久しぶりです、公爵」
「二ヶ月ぶりだ。どうだね、ここでの暮らしは。不自由はないかね」
「ありません。皆、とても良くしてくれます。街の人も色々と助けてくれますし、とても平和な地域ですので」
公爵はにこりともせず、いつも通りの人形のような無表情でクロエを見上げている。
「そうか、ならば今日のことは余計に驚いただろう。アリス」
呼ばれ、アリスはクロエの隣で何かを手のひらに取り出した。それが何なのか分かる前に、クロエは公爵に命じられる。
「服を脱ぎたまえ」
「は?」
クロエの当惑をよそに、アリスは早速彼女の赤い上着を脱がしに掛かろうとしている。それを押し留めようとするクロエに公爵は言う。
「私は後ろを向いていよう。その破れた上着は見苦しい。君の父親代わりとして新しい制服一式を贈ろうと思うのだがどうだね。アリスに採寸させよう」
「……ありがとうございます」
クロエは小さく息を吐き、アリスに身を任せることにした。公爵が一度言い出したことは覆せないと、生まれてこの方十六年の経験でよく分かっている。公爵は椅子から立ち上がると、窓際でクロエに背中を向けた。
「どうだね、ヘンリーとも上手くやれそうかね。魔物らしき犬を二人で捕らえたそうだが」
「あ!」
大きな声で叫んだクロエだったが、公爵もアリスも動じた様子はない。
「どうかしたのかね」
「……それが、その」
アリスによって一糸纏わぬ姿にされたクロエは自身の背中と臀部の間に触れた。
「申し訳ありません、彼に背中を見られてしまいました」
「ほう」
公爵の声に怒りはない。むしろどこか面白そうな色を含んでいる。
「ヘンリーは何と?」
「何も……口止めをしようかと思ったのですが、知らない振りをしてくれていて」
クロエが答える間にもアリスは時折指示を出しながら手早く彼女の体を巻尺で採寸していく。仕立て屋か何かかと見まごう程の手際だ。
「なるほど」
「……どう、しましょう」
クロエのお伺いに公爵は窓の外を見ながら答える。
「どうする必要もない。ところでクロエ、私は賭けをすることにした」
「賭けですか」
アリスの手がクロエの体から離れる。彼女は短く、終わりましたと一言告げて椅子の背もたれにかけていた服を取り上げ、脱がしたのと逆の手順でクロエに着せ始める。
「私の望むようになれば私の勝ち、私の望まないようになれば君の勝ち。どうだね」
「え? 私も参加するのですか?」
思わずクロエは素っ頓狂な声をあげるのだが、アリスはその間にもシャツのボタンを素早く全てかけてしまう。
「もちろんだとも、クロエ。賭けをするのは私と君だ」
「……どういう賭けでしょう」
「それを言ってはつまらないと思わないかね」
正面の布地が引きちぎられてぼろぼろになっている上着を着せてしまうと、アリスはクロエから離れて無言で部屋から出て行ってしまった。
「そんな賭けでは公爵ばかりが有利です」
「ではその代わり、君が勝てばあの女のことを教えよう。君がずっと探している女のことを。私が勝てば、君は一つだけ私の言うことを聞く。では勝敗がついた時は教えよう」
クロエが分かったとも何とも言わないうちに、公爵は振り向いて彼女の前へとやってくる。蝋燭の心許ない明かりで見上げる彼の顔には、やはり笑みはなかった。
(ヘンリーさんと正反対だわ)
クロエは公爵が笑っているところを見たことがないが、それでも彼が考えていることというのは何となく分かる。特に、楽しそうだとか嬉しそうだとか、そういう感情が分かりやすい男だ。
一方でヘンリーは笑みばかり浮かべているのにその本心は何一つ掴めない。にこにこと笑って誤魔化しているような、壁を作っているような、そんな印象を受けるのだ。そしてクロエはそれを腹立たしく思っている。
(……でも、それは私が怒ることじゃないのに、どうして)
「クロエ、何を考えている」
上から降ってきた声に我に返る。公爵の大きな手が伸びてきて、指の背で頬を撫でられた。
「すみません」
「その調子では先が案じられる。いずれ君が坐すべき場所に就いた時、あまり気が散じていては困ったことになる」
「それはどういう」
公爵を見上げながら、クロエはわずかに眉を寄せた。
「世間一般からすれば少々早いが君ももう婿をとれる年齢、充分に大人ではないか。そろそろ頃合だと思わないかね」
公爵の目の中、蝋燭の炎が揺らめいた。彼は身をかがめ、クロエの耳に唇を寄せる。
「貴方には取り戻すべき玉座がございます。私には御前に跪く準備がとうにできております、殿下」
耳の奥に吹き込まれる甘い囁きの向こう側で、扉の開く音がした。と思う間もなく、クロエは強い力で背後から引っ張られて足がもつれる。それを誰かに抱きとめられた。首をひねって見上げればヘンリーがクロエの背中を受け止めている。彼はライガルド塔で異形となった男と相対した時のような鋭い目つきで公爵をねめつけていた。
「ヘンリーさん?」
瞠目するクロエに優しく微笑んで見せ、ヘンリーは公爵へと告げた。
「ジュリアとフレッドが帰ってきましたよ」
「そうか」
答える公爵はどことなく楽しそうだ。
クロエの二の腕に後ろから両手をやったまま、ヘンリーは強引に後ずさる。仕方なくクロエもそれにあわせて下がり、事務室へと入ってきたジュリアとフレッドの斜め後ろ側へと立つ形になった。
「やっと帰って来れたと思ったら今度は偉い人か」
フレッドがクロエにだけ聞こえるように愚痴を零す。その様子からして、疲れてはいるがロバートのように喉を痛めたということもないようだ。
「申し訳ございません、お待たせいたしました」
「構わない。私が勝手に来て待っていただけのことだ」
ジュリアの神妙な謝罪に答えつつ公爵は再び応接椅子にかけて足を組んだ。
「ただ何か飲むものを用意してもらえると有難い」
透き通った紅茶を一口飲み、公爵は簡素なカップを受け皿へと下ろした。彼は事務室の隅に置かれた小さな円卓の上、まだ湯気の立つ温かい紅茶に目を落として言う。
「今回は災難だったが、君たちのお陰で被害も少なくすんだ。王太后陛下もお喜びだろう」
「…………」
四人で公爵の傍に立っていても誰一人答えようとはしない。ただフレッドは落ち着かない様子で公爵の手元を見つめている。
「ジュリアはもう知っているだろうだが、今回の件の後処理は我々魔警局が引き継ぐこととなった。警備隊の主力がこの件で使えなくなったものでね」
主力とはロバート周辺のことを指しているのだろう。公爵はフォークを手にし、紅茶と共に出されていたフルーツケーキを口に運んだ。ゆっくりと咀嚼し飲み込む姿をそわそわしながら見守っていたのは、先日それを作って寝かせておいたフレッドである。しかし公爵はかれのそんな様子に気付くことなく、フォークを置いて再び処刑場での事件のことを話し始めた。
「死亡したのは三名だが、他の者も多くが体内、喉から胃にかけて負傷しているようでしばらくは療養が必要だろう。できたばかりの組織で人員も多くなく、このまま後処理に着手するのも難しいのでね。――おかげで今回の処刑は無期限の延期となり、我々の管轄となった」
「本当ですか? それじゃあの人たちは」
クロエが声をあげるのを、公爵は視線で制する。
「しばらくは塔で過ごしてもらう。解放はできないがね」
「よかった……」
公爵は再び紅茶を飲み、軽く息をついた。
「良いか悪いかということならば、半々と言えよう。無駄な処刑が止まったのは良いことだがね、クロエ、これであの女のくだらない負けず嫌いに火が着いたのは悪いことだと思わないかね」
王太后を批判するような言葉を平気で口にするベッドフォード公爵に、一瞬部屋の空気が張り詰めた。幼い国王に兄弟や後継者がいないため王太子が空位の中、従って王位継承順位が暫定一位で、本来国王の次男に与えられるはずのノーフォーク公の爵位を特別に与えられている人物とは言え、それはあくまで王太后と互いに権勢を保つという利害が一致しているために厚遇され、彼自身王太后を別段好いていないにも関わらずそれに甘んじているに過ぎない。下手な言葉一つで明日には公爵が捕らえられたり、逆に王宮が炎に包まれたりという可能性もあるのだ。だが公爵自身は知らん顔で、オレンジピールのたっぷりと入ったケーキを上品な仕草で食べている。それを見ながらジュリアが訊ねた。
「負けず嫌いとは?」
「陛下宛に脅迫状が届いていてね。命を脅かすという内容のものだ。我々――枢機卿も大臣たちも、私も、皆であれこれと宥めて一週間後の舞踏会の開催を取りやめさせようとしていたところに今回の件、それを挑戦と見て腹を立てた陛下は舞踏会を中止などしない、殺せるものなら殺してみろと大変にいきり立ってしまって、全く困ったものだ」
「……今回の件、やはり魔種によるものでしょうが、それと陛下への脅迫状に何か関連でも?」
ヘンリーの質問に公爵は視線を彼へと定める。
「脅迫状に魔種らしきものが同封されていてね。死んでいたようで魔術でもはっきりそれと反応が認められなかったが、おそらく。そういうことで、舞踏会の際に君たちに警備についてもらおうと考えている」
「私たちがですか?」
ジュリアの訝しがる声も当然だろう。魔警局の人材は潤沢である。地区の区署からわざわざ特別な功績もない人員を引っ張ってくる必要がどこにあるのか分からない。
「内々の小さな舞踏会ということもあって、王太后陛下は物々しい警備をご所望ではないのでね。我々のうちから舞踏会にいてもおかしくない人材を出すようにと。まずジュリア、君はかつて姉君と共に陛下の侍女だった経験がある。陛下からのご指名でね。ヘンリーはモントローズ公の子息、貴族の顔にはそれなりに詳しいはずだ、不審人物にもよく目が行くだろう。……君は、給仕の格好でもしていれば目立たずにすむ」
フレッドは突然公爵の口に自身の話題が上ったことで驚き、びくりと肩を揺らした。クロエはその隣で一歩進み出る。
「公爵、私は」
「クロエ、君は見目が良い。脅迫状の主が紛れていても君を見てそう警戒はしまい」
「………………」
意外な言葉に、クロエは何も言えなくなる。
(……公爵、何を考えているの?)
王太后にクロエの正体が知れるようなことがあってはならないにも関わらず、なぜ接触する可能性を避けないのだろう。いくらでも理由をつけてクロエだけ留守居にすることは可能なはずだろいうのにどういうつもりなのか。
「僕は反対です」
よく通る声で言ったのは微笑を浮かべたヘンリーだ。
「この子は確かに可愛らしいですが、まだ子供です。舞踏会に参加するには相応しくないでしょう」
「子供? 私はもう十六歳で」
来年には社交界に顔を出していてもおかしくない年齢なのだ。それをはっきり子供だから相応しくないとまで言われて、むっとしないはずがない。
「ヘンリー、私はもう決めたのだがね」
「……かしこまりました」
ヘンリーも公爵が言い出したことを曲げないと知っているのか、あっさりと引き下がってしまう。文句をぶつける場を失ったクロエは唇をつきだしてヘンリーの横顔を睨み上げた。
「ではそろそろお暇しよう。まだ帰って仕事があるのでね。警備の詳細は後日届けさせる」
公爵の言葉にクロエは我に返る。子供扱いに腹を立てている場合ではない。舞踏会の警備への参加について公爵の腹積もりを聞かねばと思うのだが、公爵はすでに席を立ちアリスを伴って歩き出そうとしている。
「待っ――」
「次回は前もって来訪を知らせておくとしよう。その腕で私好みのスコーンを焼いてくれるかね」
公爵はフレッドの肩を叩くと、振り向きもせずにさっさと部屋を出て行ってしまう。
「あ、ありがとうございます!」
頬を赤くしたフレッドと深刻な顔のジュリアが公爵の後をついて見送りに出るのを横目に、クロエは俯いた。
(どういうつもりなの?)
王太后のすぐそばに私を連れて行くなんて――。クロエは混乱の中、視線を感じて顔を上げる。眉をひそめてクロエを見下ろしていたヘンリーと視線がかち合った。が、彼はやはりすぐにその表情を引っ込めて微笑を投げかけてきた。ぷいと顔を背け、クロエは彼の瞳から逃げる。




