本気のキスで甘くとかして(R15版)3
先日の合コンで、女性幹事の後輩であるという河合は、あからさまに自分に秋波を送ってきた。そりゃそうだ。顔もよければ学歴もよく、おまけに運動神経も収入もいい。そんな優良な男を放っておくはずがない。柚子でないほうの女子大生も、自分に向けてきた視線の回数は、それはそれはわかりやすいほどに多かった。女性幹事の吉岡も、幹事という立場上、多少遠慮はしていたが、抜け目なく賢人に連絡先を聞いてきた。
だが、柚子だけは違った。柚子だけは男性側にも女性側にも等しく話しかけ、気遣い、場の和を保つことだけに気を向けていた。顔や学歴、収入で相手を値踏みするようなことはしなかった。
そういう相手だと知っているからこそ、自分はこんなにも、いつものようなアプローチができないのだ。それどころか、こちらにまったく気がない柚子の興味を引きたくて、こんなにもやきもきしてしまう。自分の言動が不快に受け取られていないか、必要以上に心配してしまう。
なぜなら、柚子に嫌われたくないから。誰に対しても平等で真面目な彼女に、特別な眼差しでこちらを見てほしいからだ。
(ガキかよ、俺は)
賢人はスマホを、テーブルの上に放り投げるように置いた。それから、目を閉じて昼寝でもしようかと試みてみる。土曜日とはいえ急な仕事で呼び出されることはよくあることなので、休めるうちに休んでおくことが肝要だ。
しかし、手放したスマホがぶるりと震える音がして、賢人は急いで姿勢を正し、スマホを手に取った。
〈間違ってはいなかったんですね。えっと、大熊さんとお会いすることはできますが、私、あまりお金がなくて……。できれば、あまり高くないお店とか、お金のかからない場所だと嬉しいのですが……〉
(ああ……)
柚子から届いた返事。二つ目のメッセージ。それを読んだ賢人ははっきりと感じた。
いま流れているこの同じ時間に、彼女が自分のことを考えてメッセージを送ってくれたこと。そうして彼女とやり取りができること。今度は二人で会えるかもしれないこと。合コンのあの場で、特定の男性を特別扱いすることなく、男性側も女性側も、あくまでも全員が気持ちよく過ごせるようにとそのことだけに腐心していた彼女が、今は自分だけを見てくれていること。
それらを、こんなにも嬉しく思う。自分は間違いなく、柚子を好ましく感じている。「恋をしている」と断言するにはまだ弱いが、自分の心は柚子とのつながりをたしかに喜んでいた。
(会ってくれるってことは、脈があるのか? いや、たぶん違うな。あの日のメンツのつながりとかを考えて、角が立たないように一度くらいは誘いに乗ってくれているだけか……。それに、金か……。全部俺が奢るから問題ない、と言うことは簡単だが……それを簡単に了承するような性格じゃないだろうな)
それからも、賢人は考え続けた。
柚子の言動の意図を。少しでも柚子に好ましく思われるように、自分はどう振る舞えばいいのか。どう接していけば、彼女の意識や視線を独占できるのか。どんな自分なら、真面目な彼女にふさわしいのか。
柄にもないとは思いつつも、そうして柚子のことで頭を悩ませることは、少しも面倒くさくは感じなかった。返信の内容にしろ、デートプランにしろ、柚子に向ける言葉にしろ、何度考えても最良の答えだとは思えず、はがゆく感じたことも多かったが、柚子の心を自分に向けさせたい――その一心だった。
◆◇◆◇◆
「もう少しでイけそうだな」
「え?」
甘い睦み合いが終わり、柚子は全身に気だるさを覚えて動けない。そんな柚子の体を横向きにさせて背後からぎゅっと抱きしめた賢人は、少し嬉しそうな声で続けた。
「柚子に中イキをさせられそうだ、ってことだ」
「そっ……いえ、あの……」
「悪いな、毎回俺ばかり気持ちよくて」
「いえ……そんなことないです」
柚子は寝返りを打つと、賢人と向き合うように横向きになった。
賢人と付き合い始めてから約七カ月。性交をするようになってからはまだ二カ月も経っていないが、賢人にされる前戯で、柚子は何度も快楽の頂を昇った。たしかに、男性器の挿入による絶頂の経験はまだないが、頭の中が真っ白になるような気持ちよさは、何度も賢人に与えてもらっている。
「柚子は奥ゆかしいからなあ……してほしいことがあれば、いつでも言えよ?」
「あの、その……すみません、私……受け身ってこと……ですよね」
「いや、受け身だとは思っていないが……お前、自己主張するの、得意じゃないだろ。で、俺のほうは細やかに察するのが得意じゃない。だから、俺が気付かない間にお前が不満を抱え込んでいないか、心配なんだ」
賢人はそう言うと、柚子のひたいにちゅ、とキスをした。
察することが得意ではないと賢人は言うが、その前提に立ってあれこれと考えて気遣ってくれるので、柚子としては不満など何もない。むしろ彼の言うとおり、適切な自己主張ができない自分のほうこそ、気付かないところで彼に不快感を与えていないか心配だった。
「なあ、俺の名刺にはいつ気付いたんだ?」
「名刺って……」
「合コンの時のだよ」
賢人は柚子の腰に回した手で柚子の背中をなでながら尋ねた。そうして柚子の体にふれているだけで、賢人の心は癒やされていく。平日の間に疲れきった体が、とてつもないスピードで回復していくようだ。
「えっと……三、四日あとだったと思います」
「そんなに早かったのか? でも、連絡をくれるまで一カ月近くあったよな?」
「それは……えっと、まずは一人で考えて悩んでいて……それからやっと、あの時一緒に合コンに参加した友達に相談できて……でも、渡す相手を絶対に間違えていると思ったので……先に女性幹事の方に連絡を入れるべきか、さらに悩んでいまして……」
「絶対に、か。さすがに、俺はそんなミスはしないんだけどな?」
「だ、だって……」
あの合コンの参加メンバーで、賢人は誰よりも目立っていた。柚子は、自分はただの数合わせの参加者だと思っていたので誰のことも贔屓目に見るつもりはなかったのだが、気を付けていないとあっという間に目を奪われるほどに、賢人の外見は整っている。おまけに、高校のサッカー部では全国大会に出場してプロの道も見えるほどという運動神経の持ち主で、学歴も、勤めている会社のレベルの高さも言わずもがな。
そんなハイスペックな社会人男性が、「連絡してほしい」というメッセージ付きの名刺を初対面の女子大生のバッグにさりげなく入れるなんて、絶対にあり得ないことだと思ったのだ。
「まあ……同じだから許すか」
「同じ……ですか?」
「ああ。お前がくれたメッセージになんて返すか……。なんなら、そのあとどうやって距離を詰めていくか……俺もわりと必死に考えて悩んだからな」
「そ、そうなんですか? そんなふうには見えないです……」
賢人はいつだって最適解を選んでいる。柚子にはそう見えていた。
経験豊富ゆえになんでも知っていて、どうすればいいのか最初から答えがわかっている。これが学生と社会人の違いかと思うほどだ。「必死で悩んでいる」ように見えたことなどない。
「お前に関することだけは、いつだって必死だよ」
賢人はそう言って、柚子の頭を自分の胸に抱き込んだ。ゆっくりととけ合っていくような互いの体温が、眠気を誘ってくる。
「今だって、どうやったら柚子がその丁寧語をやめてくれるのか、必死に考えてるんだぜ?」
「えっ……そ、それは……」
「それに、どうやったら柚子をもっと気持ちよくさせられるのかも、毎度考えてる」
「なっ、も、もう……っ! 恥ずかしいから……言わないでください」
「嫌だ。俺がいつだって必死なこと、知っておいてもらわないとな。でないとまた、『遊びですか?』なんて勘違いされて泣かれちまう」
「そ、それも……もぉっ!」
賢人の腕の中で、柚子は困り顔になった。
柚子にはそう見えないのだが、賢人は自己申告のとおり、決して何もかもが余裕なわけではないのだろう。
こんな素敵な人から愛されているのだと、もう少し自信を持てるようになりたい。賢人がこうして示してくれる愛情表現を、ちゃんと受け止められる心の器を持ちたい。
意地悪な笑みを浮かべながらも、とかされてしまいそうなほどの甘くて本気のキスをしてくる賢人に、柚子はそう思うのだった。




