1−8 思い出の
私の人生に「結婚」という2文字が存在するなんて、思ってもみなかった。
帰りの電車に揺られながら、私はうとうととそんなことを考えていた。茨城原子力発電所から牛久駅まで、おおよそ2時間。駅に着いたときは、すでに22時をすぎていた。
今日はコンビニで夕食を済ますか。
私は自分の部屋を思い浮かべていた。誰もいない、殺風景な部屋。昨日まで彼がいた部屋……。
昨日彼がいた部屋。一緒に食べた夕食。そして…
彼がいないって考えただけで、こんなにも風景って変わるんだね。
今は全てがモノクロームに見える。
彼と一緒に生活できたら、どんなに毎日が楽しいだろう。
結婚か。
プロポーズって、男の人からするよね?
でも今の時代はどっちでもいいのかな?
私の人生に存在しない2文字だと思っていたから。
そうだ。おばあちゃんとお父さんのお墓に報告に行かなきゃ。
私、好きな人ができたよ。
もうひとりぼっちじゃないよ
だから心配しないで。
彼、一緒にお墓参りしてくれるかな。
中国って、お盆ってあるんだっけ?
コンビニで、何を買うわけでもなく、ウロウロしながらそんなことを考えていると、スマホが鳴った。
胸が高鳴った。画面には彼の名前。
「もしもし?」
「もしもし美里さん?仕事終わりましたか?」
彼の声に呼応するように、思わず自分の声が高くなっていた。
「うん、もうすぐ家に着く。これからコンビニに寄って帰るところよ、どうしたの?」
「美里さん、遅いから心配になって」
憶俊…かわいい…
「もー、子供じゃないから大丈夫。憶俊は今家?ちゃんと仕事行けた?」
「はい、あの後仕事行って、帰ってきました。美里さんの家に」
「え?憶俊、今私の家にいるの?」
「はい、ごめんなさい。どうしても会いたくて」
憶俊がいる…会える!
「それで、簡単な夕食作ってます。もしまだだったら…」
私はコンビニを飛び出し、家まで走った。私の部屋にあかりがついている。なんてやさしいあかり。
部屋のドアを開けると、美味しそうな、懐かしいような匂いが鼻腔をくすぐった。これって…
「美里さん、お帰りなさい。ごめん、勝手に入って」
私は我慢しきれず、彼に抱きついた。
「ううん、来てくれてありがとう。私も憶俊に会いたかった。変だよね。今朝まで一緒にいたのに」
彼が優しくキスをしてくれた。甘い甘いキス…
「美里さん、これ、よかったら」
彼がカップに入った、野菜たっぷりのスープを差し出してきた。
体の芯が溶けるような、やさしいスープ。おばあちゃんが作ってくれたスープみたいに懐かしい味がする。おばあちゃん…いつもコレ作ってくれたっけ。
知らず知らずに、涙が溢れていた。
「憶俊、ありがとう。すごく美味しい。昔私のおばあちゃんが作ってくれたスープみたいな味」
「よかった。これ。僕が子供の頃好きだったスープです」
私はもう一度、彼を抱きしめた。
「憶俊。私おかしくなっちゃったみたい。今日もずっとあなたの事考えていた。今日帰ってあなたがいたら、どんなに幸せかって思ってた。私こんなに幸せでいいのかな」
「美里さん、僕もずっと美里さんのこと考えてた。だから同じ」
「憶俊。あのね。日本のお盆って、お墓参りをするシーズンなの。今度私のおばあちゃんと、お父さんのお墓参りに一緒に行ってくれる?」
「ぜひ!美里さんを大切に育ててくれた人に報告したいです」
え?それって…私の心臓が高鳴った…
「憶俊ありがとう。私も憶俊の両親に挨拶に行かないとだね!」
彼が目を伏せて、急に黙り込んでしまっていた。
「憶俊?」
「美里さん、今まで黙っててごめんなさい。僕に両親いません」
「え?」
「僕が小さい頃、二人ともいなくなって、親戚に育てられました」
「え?亡くなったの?」
彼が首を横に振った。
「僕のことをおいて、どこかに行っちゃいました」
それから、彼の子供時代のことを話してくれた。
親戚の家で育てられたこと。
食事は出してくれたけど、それ以外は相手にされなかったこと。
奨学金で大学に行き親戚の家を出たこと。
「僕ずっと、自分を偽って生きてきました。本当の自分じゃない自分として。自分のことが嫌い。この顔も体も」
私はまた彼を抱きしめた。
「憶俊、辛かったね、寂しかったね。でも安心して。今は私がいるから。ずっと、ずっと。憶俊は、私の大好きな憶俊。それは世界がどうなっても変わらない」
私が、私が、彼のことを守らなきゃ。彼に安らぎを与えなきゃ。寂しい思いなんてさせない!




