1−7 違和感
「おはようございますー」
私は、見慣れた警備員のおじさんに挨拶し、入館手続きをした。今朝は寝坊してしまい、慌てて家を出たのだった。思わず欠伸が出そうになり、慌てて噛み殺す。
「憶俊、ごめん、先に出るから。戸締りよろしくね!」
なんとか当初の予定の次の電車に乗ることができ、遅刻だけは免れた。
「おはよう、アトラスさん。今日も終日かい?」
警備員が、会社名で呼びかけてきた。
「そう、今日はケーブルのチェックと交換があるからね」
いつものケーブルが妙に重く感じる。寝不足かな?でも私の心は羽が生えているみたいに軽かった。
「なんかいいことでもあったのかい?」
「え?」
「いや、今日はなんかみょうに嬉しそうにしているから」
「え?そうですかー?」
「そうしてニコニコしていると女の子っぽくていいよ」
「もー、そういうのセクハラって言うんですよ!」
警備員のおじさんは、ガハハって大笑いしていた。もう、私そんなに嬉しそうにしているの?
私はこの茨城原子力発電所に本格稼働前から出入りをしていて、もう2年経つ。勝手知ったる敷地内で、勤務している人も、顔見知りばかりだ。
「おはようございます」
制御センターに入ると、中にいる見知った職員の人に声をかけた。
「ああ、田中さん。今日はメンテナンスだったかな?」
遠野という名前の職員は、自分のことを苗字で呼んでくれる。ちゃんと人として扱ってくれている証拠だ。
「そうです。6ヶ月の定期点検と、コネクターの交換をします」
「わかった、今切り替えますね、その前に」
遠野が、何かを引き出しから出してきた。
「田中さん、仕事に入る前に、コーヒーとお菓子でもいかがですか?」
遠野が差し出した手には、いかにも手作りというカップケーキが2つ。
「わ、ありがとうございます。美味しそうですね。これ手作りですか?」
「いやぁ、実は娘が作ってくれましてね。最近ハマっているみたいで」
「ああ、それで。遠野さん、愛されてますね」
遠野は後頭部をかきながら、口元を緩ませていた。
「私用じゃないんですよ。友達とお菓子パーティーとかで使うとか。私はその実験台と言ったところでして」
そう言いながらも、遠野は嬉しそうだった。
「いい娘さんですね。私は父親にケーキなんて作ったことないかなぁ」
以前だったら、「ああ、どうも」ぐらいで、さっさと食べて作業に入っていた私だが、最近は楽しく受け答えができる。
「いやぁ、中学生になると生意気になってきましてね。難しい年頃ですよ」
私は遠野と、制御センター内の端のテーブルでコーヒーを飲みながら、しばし談笑した。話の内容は遠野が娘や家族をどれだけ好きか。そんな家族のためにこの施設を守るのが自分の生きがいだと言う話題だ。
「じゃあ、遠野さん、ごちそうさまでした。そろそろ作業に入りますね」
「ああ、よろしくお願いします。引き止めてすいませんでした」
きっとこの人は娘さんにメロメロなんだろうな、と思いながら、今日の作業工程を確認した。
制御センターのコンソールは、何かのために二系統用意してあり、どちらかが落ちても影響のない冗長化構成を取っている。道具を準備しながら、遠野に声をかけた。
「午前中で片側をチェックしちゃいますので、午後また切り替えをお願いします」
ケーブルの束を肩に担いで、コンソール下のメンテナンス口を開ける。ケーブルは、時間が経つと劣化するので、こうして定期的にチェックと交換が欠かせない。
特に発電所などの重要インフラ設備であれば、なおさらだ。
私は新品のケーブルを開けた。このパリパリという袋の感触が心地よい。発電所のケーブルは特別仕様で、普通のケーブルと異なり周りをシールドで覆いボルトで固定されている。
あれ?
手に僅かな違和感を感じた。
見た目は変わらない。色、形、長さ…でも重いような?
やっぱり寝不足?
結局寝るのが遅くなってしまい、遅くまで愛し合ってしまった。昨夜の憶俊とのことを思い出し、胸がキュッとした。
今度はいつ会えるかな。
ハッとして、顔を軽く叩いた。大丈夫、にやけていないよね。
握った電動ドライバーが無機質な音を立てて回る。
よし!切り替え、切り替え!
コネクターに取り付けられたボルトを、一本一本外しにかかった。




