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81(エイティーワン)  作者: 雨後乃筍
1章 甘い毒
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1−3 二人の繋がり

「お礼なんていいですよ」


 李憶俊リ・イージュンと名乗ったその男は、軽く手を振って歩き出そうとしていた。


 イージュンのその何気ない仕草に、私の胸が高まった。なんで?こんなこと初めて。


 時計を見ると、とっくに終電の時間は過ぎている。私は慌ててイージュンを追った。


「で、でも、もう終電も終わってるし、どうやって帰るんですか?」


 イージュンは、なんてことはないという顔で答えた。


「まあ、その辺で時間を潰しますよ」


「あ、あの、私も終電がもう…あの、お礼がてら、始発までどこかで一緒に時間を潰しませんか?」


 イージュンは、何かを考えるように言った。


「女性を1人で残すのも危険ですね。わかりました。では始発まで一緒にいます」


 笑った顔に、私の胸が高まった。ものすごいイケメンというわけでもない。でもなぜか安心できる笑顔。


 私とイージュンは、24時間営業のカラオケボックスに入ることにした。


「ここなら、歌わなくても食事もできるし。寒くないし」


 イージュンは物珍しそうに、キョロキョロしていた。


「来たの初めて?」


「はい、日本の歌、あまり知らないので。美里みさとさんは、いつもココに?」


 ファーストネームで呼ばれて、胸がドキドキした。


「私はカラオケなんて滅多に来ません」


 私たちは、カラオケで歌うことはせずに、飲み物と軽食を注文し、話をしていた。

 初対面なのに、会話が途切れることはなかった。なんでだろう。なんてことない話題なのに、もっとイージュンの話を聞いていたい。


 イージュンが、中国の大連から来ていること、学生時代に日本への留学経験があり、今は技能実習生を経て、日本企業に勤務していること。偶然にもネットワークケーブルの会社に勤務していること。


「私もケーブル関係の仕事しているの、多分あなたとはだいぶ違うケーブルだけど」


「一緒ですね」


「偶然ね」


 彼の笑顔に釣られて、自然と笑みが溢れた。


 その後、彼がネットワークケーブルについて語り出した。

 ネットワークケーブルは、離れたものを繋いで通信するもの。いってみれば人と人の心を繋ぐ道具。僕は繋がりを大事にしている、と。


 私は、父が言っていたことを思い出した。


(美里、お父さんの仕事はな。離れた機械と機械が、会話できるようにすることなんだ。美里も友達とお話できなくなったら寂しいだろう?)


 お父さん、もっと話を聞きたかった…


「また日本に来たって、そんなに日本のことが気に入ったの?」


「はい。日本に電話するとき、最初に81って打ちますよね?これ私の国では幸運の数字の8と1が入っている」


 イージュンがテーブルの縁を指でなぞりながら上目遣いで言った。


 私は、つい吹き出してしまった。


「え?そんな理由?」


「はい、世界のどこにいても、81で日本に繋がる」


 そう笑うイージュンの横顔。この人は、本当に人と人の繋がりを大事にしているんだな。私はイージュンの横顔を、見つめていた。


 なんて、まっすぐな目をしているんだろう。まるで少年のような。


 どうしたんだろ、ずっと見ていたい。


「いつでも機械や人が繋がることができるように、いいケーブルを作っているんです」


 嬉しそうに話していた。自分の好きなことになると話が止まらなくなるところなんて、私のお父さんみたい。


 イージュン笑った拍子に、口元からさっきの血が滲んでいた。


「あ、まだ血が」


 私はナプキンを取って、そっとイージュンの口元にやった。


 イージュンの手が、私の手に重なる。吸い込まれそうなイージュンの瞳。


 え?そんな。出会ってまだ数時間なのに。軽い女に見られちゃう。


 心とは裏腹に私は、静かに目を閉じ、イージュンの唇が私に重なった。


 とろけるような甘いキス。


 さっき注文した軽食を届けるノックの音がして、慌てて体を引き離すまで、重ねた唇を離すことができなかった。


「ウーロン茶とフライドポテトと唐揚げですー、ご注文以上でおそろいでしょうか?」


 私は店員さんにお礼を言って、お盆を受け取った。私は顔の火照りを誤魔化すように、私はウーロン茶を一口飲んで、フライドポテトを摘み上げた。


 その手に、イージュンの手が重なる。


 イージュンの手が、私の肩を引き寄せてきた。


 恥ずかしくて、顔をあげられない。


美里みさとさん」


 イージュンが囁くように私の名前を読んだ。


 私はそっと目を閉じた。


 今度はもっと濃厚なキスだった。全身の力が抜けちゃうような、甘くとろけるような。



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