リ・ライト
色とりどりの飛行機が、絶え間なく離着陸を繰り返している。
轟音とともに飛び立っていく飛行機を横目に眺めながら、竹川明美は空港デッキを歩いていた。
大して面白いものでもないが、「もったいないから」と屋上デッキに上がってきたのだった。
竹川は、マレーシアで実施されるIAEA国際シンポジウムに出席するために、成田空港に来ていた。
先月、
竹川の上司が、興奮した様子で電話してきた。
「竹川さん、IAEAの国際会議に招待されましたよ!」
「はあ?何それ?」
「遠野さんを覚えているでしょう?彼が昨年の原子力発電所事故のことで出席することになって、そのサポート役で招待されたんですよ!」
「めんどくさ…」
「え…?IAEAですよ?世界一権威のある…各国の首脳が集まる…」
「…所長でいいじゃん。ジイさん同士で話合うよ?」
「…いや、でも所長が…もう返事を…」
「…あのジジイ!」
竹川が、叩きつけるようにPCをタイピングする。タイピングする音が電話の向こうにも響いていた。
「…だから竹川さん、今回特別にファーストクラス使っていいから!」
「使って、『いい』?!」
「あ、いや、会社でファーストクラスを用意するので…」
「…ファーストクラスって高いんでしょ?」
「…それはもう、会社の経費でドーンと…」
「はぁ? だったらその分、私の給料上げてよ!」
結局、泣きつかれた所長が「ポケットマネー」で旅費を出すことで決着がつき、「レジャー」気分で参加することにした。
たまには海外旅行もいいかもね。しかも人生初ファーストクラス♪
ファーストクラスって、どんな食事が出るんだろう?ラウンジって無料だよね?シャンパンとかって飲み放題だよね?
遠野から資料は送られてきていたが、飛行機の中で読めばいい。見た目は綺麗だけど、中身は大したことなさそうだし。
そういえば、向こうで遠野と会うんだった。
また娘の話を聞かされるのか?それとも、原子力発電所の偉大さ?
チョーどうでもいい……
竹川は、若干血の気が引く思いがして、滑走路を眺めた。
滑走路には多種多様な飛行機が止まっている。
竹川がマレーシアの旅行ガイドブックを片手にデッキを一回りしていたとき、デッキの角で立っている女性が目に入った。
何しているんだろう?
西の方に向かって拝んでいるように見える。
一人で?
思い詰めている?
まさか、飛び降り?
いやいや、フェンスあるし。
どうしたんだろう。気になる。
普段、他人のことに関心がない竹川だったが、今回だけは気になって意を決して声をかけた。
「あのー…」
女性の目には涙が溜まっている。
「…大丈夫ですか?」
涙を拭って振り返った。
「すいません、大丈夫です」
竹川が、次の言葉を探していると、女性がポツリと言った。
「亡くなった人のことを思い出しちゃって…」
あちゃー、苦手な話っぽい…同情はするけど、とっとと切り上げよう。
「んー、よくわかんなくて悪いけど、元気出して。生きていればいいこともあるからさ。まだ若いんだし」
明らかに自分より年下の竹川に言われ、戸惑っているようだった。
「…ありがとうございます」
「それにさ」
振り向いた女性を見て、竹川は彼女が一人ではないことに気づいていた。
「子供ってのは笑っているママが大好きなんだよ」
その女性に抱っこされている、まだ小さい赤ん坊を指差した。
(あたしには縁がないけどね)
彼女は、再び泣き出しそうな、でもどこか愛おしいものを思い出しているような、不思議な微笑みを見せた。
「…そうですね」
やばっ、なんか苦手な空気感…
「…じゃ、あたし行くね。元気だしなよ」
竹川が手をひらひら振った時、赤ん坊が竹川の方を見てフニャッと笑っていた。
どこかで会ったっけ?人の顔って覚えられない……番号でも書いてあればね……
デッキから降りる時、振り返ると先ほどの女性はまだ空を眺めていた。もう表情までは見えない。
空って、そんなに面白いものかな……
それより、ラウンジ!タダ飯!ファーストクラスのタダ酒!
あ、一応、所長に感謝しておくか。
酒とか……。いや、あのジイさん糖尿だっけ?
コロンとかでいっか。5千円ぐらい……
白檀とか……なんだっけ?サンダルウッド?
竹川は自分の名案に満足げに頷くと、ガイドブックを小脇に挟んで軽快な足どりでエスカレーターを降りて行った。彼女が通り過ぎた後、少しだけ熱をもった風が吹き抜けていった。
<81(エイティーワン) 完>




