4−4 半落ち
無機質な取調室の中で、田中美里は俯き加減に椅子に座っていた。
それを、ただ黙って、東は見ていた。
記録係の警察官の男の、苛立ちとも取れるペンのカチカチ音が、部屋の中の沈黙を煽るようだった。
何を考えているんだ。
彼女は、明日には検察庁に送致される。そこから長い裁判が始まるだろう。
「田中美里さん、今日で取り調べは終わりです。これからあなたは検察庁に送致され裁判にかけられる。容疑は外患誘致罪だ」
「……」
「わかっているんですか?外患誘致罪は死刑しかない、一番厳しい法律だ。日本初のケースだ。それでもまだ主張を変えるつもりはないと?」
「…わかっています」
田中美里は、静かに、しかし確実に答えた。背後で警察官のペンを走らせる音が響く。
なぜこの人は、全ての罪を受け入れるのだろう。
なぜ、ここまで頑なになっているんだ?
奴との間に、何があったんだ?
この人の心は、もう死んでしまったのか?
「田中美里さん」
目を伏せたままの田中美里に、東がゆっくり話しかける。
「あなたには、守るべきものや、守りたいものはないのですか?」
田中美里は、微動だにしない。だが、東は、こみあげてくるなにかを抑えるように続けた。
「私は!……私は…こう思う」
知らず知らずのうちに声が大きくなる。自分でも理解できない感情と戦っていた。
「人間は……誰でも一人だ。だからこそ、本当に信頼できる人を探し、繋がりを求める。だが……」
東は握った拳を抑えつけるように続けた。
「だからこそ!いや、絶対的に、自分を大切にするべきなんだ!それはエゴではない!それは未来への絆として!自分を愛してくれる人、愛する……。誰かの……希望として……」
東の目に、熱いものが込み上げてくる。それは、田中美里への同情なのか、国家という巨大な組織に対する怒りなのか。
それとも自分自身への憤りなのか。
再び部屋の中を沈黙が支配する。
「……最後にひとつ聞かせてください」
田中美里の長い沈黙。
東が低く、押し殺した声で口を開いた。硬く握った拳には血管が浮き出ていた。
「あの空港での時、李憶俊はあなたの耳元で何かを言ったように見えたのですが、なんと言っていたのですか?」
彼女は、一瞬体を震わせて、目を伏せたまま小さく答えた。
「……いえ、何も」
再び静寂が支配する。底のない闇のように重苦しい静寂が。
東は、彼女の顔を見つめたが、その目の奥にある感情を測ることはできなかった。
再び彼女が顔をあげることはなかった。
美里の目の奥には、一つのシーンが繰り返し再生されていた。
あの時。
もうだめだ。
二人とも助からない。
そう思って諦めた時。
私が必死で悲鳴を我慢していた時。
彼が私のお腹にそっと手を置き、耳元で囁いた言葉。
今も耳に残っている言葉。
(ずっと一緒……)




