表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81(エイティーワン)  作者: 雨後乃筍
4章 逃避
29/33

4−4 半落ち

 無機質な取調室の中で、田中美里たなかみさとは俯き加減に椅子に座っていた。


 それを、ただ黙って、あずまは見ていた。


 記録係の警察官の男の、苛立ちとも取れるペンのカチカチ音が、部屋の中の沈黙を煽るようだった。


 何を考えているんだ。


 彼女は、明日には検察庁に送致される。そこから長い裁判が始まるだろう。


田中美里たなかみさとさん、今日で取り調べは終わりです。これからあなたは検察庁に送致され裁判にかけられる。容疑は外患誘致罪だ」


「……」


「わかっているんですか?外患誘致罪は死刑しかない、一番厳しい法律だ。日本初のケースだ。それでもまだ主張を変えるつもりはないと?」


「…わかっています」


 田中美里たなかみさとは、静かに、しかし確実に答えた。背後で警察官のペンを走らせる音が響く。


 なぜこの人は、全ての罪を受け入れるのだろう。


 なぜ、ここまで頑なになっているんだ?


 奴との間に、何があったんだ?


 この人の心は、もう死んでしまったのか?


田中美里たなかみさとさん」


 目を伏せたままの田中美里たなかみさとに、あずまがゆっくり話しかける。


「あなたには、守るべきものや、守りたいものはないのですか?」


 田中美里たなかみさとは、微動だにしない。だが、あずまは、こみあげてくるなにかを抑えるように続けた。


「私は!……私は…こう思う」


 知らず知らずのうちに声が大きくなる。自分でも理解できない感情と戦っていた。


「人間は……誰でも一人だ。だからこそ、本当に信頼できる人を探し、繋がりを求める。だが……」


 あずまは握った拳を抑えつけるように続けた。


「だからこそ!いや、絶対的に、自分を大切にするべきなんだ!それはエゴではない!それは未来への絆として!自分を愛してくれる人、愛する……。誰かの……希望として……」


 あずまの目に、熱いものが込み上げてくる。それは、田中美里たなかみさとへの同情なのか、国家という巨大な組織に対する怒りなのか。


 それとも自分自身への憤りなのか。


 再び部屋の中を沈黙が支配する。


「……最後にひとつ聞かせてください」


 田中美里たなかみさとの長い沈黙。


 あずまが低く、押し殺した声で口を開いた。硬く握った拳には血管が浮き出ていた。


「あの空港での時、李憶俊リ・イージュンはあなたの耳元で何かを言ったように見えたのですが、なんと言っていたのですか?」


 彼女は、一瞬体を震わせて、目を伏せたまま小さく答えた。


「……いえ、何も」



 再び静寂が支配する。底のない闇のように重苦しい静寂が。


 あずまは、彼女の顔を見つめたが、その目の奥にある感情を測ることはできなかった。


 再び彼女が顔をあげることはなかった。



 美里たなかみさとの目の奥には、一つのシーンが繰り返し再生されていた。


 あの時。


 もうだめだ。


 二人とも助からない。


 そう思って諦めた時。


 私が必死で悲鳴を我慢していた時。


 イージュンが私のお腹にそっと手を置き、耳元で囁いた言葉。


 今も耳に残っている言葉。


(ずっと一緒……)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ