3−6 逆転
「竹川さん、あんた専門家だろ!なんとかして、そのトロイの木馬とやらを発見してくれ」
竹川は、目線をPCから離さず言った。相変わらず指はすごい速さでキーボードを操作している。
「…コーヒー」
「え?」
「コーヒーおかわり。アリアリで!」
こんな時になんてやつだ!
遠野がコーヒーにミルクと砂糖を入れて持っていくと、一口啜って「甘っ…」と短く言った。
「竹川さん、わかっているんですか?もし放射能事故になったら、あんたもタダじゃ済まないんですよ!」
竹川は、2台のPCを器用に片手ずつで操って、顔を向けもしなかった。
「…オジサン、ここって1年ぐらい生活できるんだよね?」
何を言い出すんだ?
「ええ、隔離されたとしても1年ぐらいであれば」
「中は安全?」
「職員の安全は確保されています!戦争が起こったって無事ですよ!」
「水は?風呂キャン?」
遠野が一瞬固まった。風呂キャンってなんだ?
「んー、あたしネットがあれば1年ぐらい引きこもり平気なんだよね。金も出るし、むしろ天国?風呂はたまにでいいし」
なんなんだ、コイツは!遠野は怒鳴りつけたい衝動をなんとか抑えた。
昔、Youtubeで火事を起こした輩がいたと聞いた。コイツも、その場のウケがあれば良い連中と同類か。
「とにかく!!やれることをやってください!こちらもなんとか止めるようにしてみます!」
「遠野さん!」
悲鳴にも似たオペレータの声が制御センター内に響く
「ダメです!もう超臨界、限界です!」
遠野が目を瞑った。これまでか。
職員を避難…いや、もう遅い。今の日本で、ここより安全な場所はない。
日本海内には、隣国の軍隊が駐留しているらしい。
これをキッカケに、大規模な武力侵攻が始まる。
日本は外国の軍隊に蹂躙されるのだろうか。
せめて家族だけは助かってほしい。電話がしたいが、なんて言えばいい?
中国が攻めてくるから、逃げろ?
どこに?
せめて遺書でも。
いや遺書なんか書いても無駄か。
最後のコーヒーか。
せめて酒ぐらいあればな。
遠野は、天井を見つめながら、コーヒーのカップを片手に椅子にもたれかかっていた。
見れば竹川の手も動きを止めて、モニターに見入っている。
諦めたか。本当に終わりだな。
壁に設置されたモニターには、原子炉の外観が映し出されていた。安全平和の象徴だったはずの、最先端原子力発電所の。
「遠野さん!遠野さん!」
今度はなんだ?オペレーターの一人が叫んでいる。
今更何が起こっても驚かないぞ。
「さ、下がっています。下がり始めました」
何?
「確かか?」
「数値が下がっています。停止し始めました」
竹川が、コンソールから顔を上げた。
「んー?間に合ったー?」
「竹川さん!あんた何をしたんだ?トロイの木馬が発見できたのか?」
「そんなわけないじゃん」
「では、修正プログラムを当てた?」
「そんなのまだ世に出てないよ。緩和策もないし」
「では、どうやって」
「即席のトロイの木馬を作ったんだ、ここに」
竹川が、ケーブルの繋がったPCをポンポンと叩いた。まるでペットを褒めるかのように。
「今回のは制御システムのネットワーク内に、物理的に仕掛けられたトロイの木馬である可能性が高い、というかほぼ確」
「物理的に仕掛けられたものをネットワーク越しに発見し駆除するのは無理ゲー。さっきも言ったけど数日かかる。ハードウェアをまるまる交換した方がいいレベルだね」
「で、今回のトロイの木馬は、仮にシステムを再起動してもバックアップから戻しても、すぐにまた再発する。実質的に根絶はできない。この短時間ではね」
竹川は、コーヒーを一口飲んで言った。
「わかっているのは、制御システムの構造、脆弱性の内容」
「だから、同じ脆弱性を利用したトロイの木馬で逆転させたの。トロイの木馬返しってこと。相手もまさか自分と同じ手口でやり返されるとは思ってないでしょ?顔真っ赤だね」
「制御システムが隔離されててよかったよ。こんなの普通のネットワークだったらEDR《高度セキュリティソフト》に即消しされちゃうからね」
「あとさ」
「もうちょいマシなコーヒーない?」




