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81(エイティーワン)  作者: 雨後乃筍
3章 臨界点
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3−4 異常事態

「どうなっているんだ。インジケーターは全てグリーンじゃないか!」


「わかりませんが、インジケーターは信用できません!」


「原子炉の状況は?」


「直接計器の数値上昇中。止まりません。数時間で超臨界に達します」


 時刻は深夜に差し掛かろうとしていた。しかし、制御センターではオペレーターが誰1人帰ろうともせず、慌ただしく動き回っている。


 緊急連絡手順に従い指定された番号に電話したところ「調査員を派遣します」と言われてから数時間が経過している。


 制御センター内は、声にならない喧騒が続いていた。


 原子炉内では、核分裂が頻繁に発生している。その時に出たエネルギーを熱変換して、タービンで発電するのが原子力発電所の仕組みだ。核分裂を適切な量になるよう、いってみれば常にブレーキを踏み続け制御している。


 そのブレーキが利かなくなった。


 臨界を超えた原子炉は、それ自身が巨大な核爆弾となる。チェルノブイリ事故の数倍規模のだ。


 どうして止まらないんだ。異常があればフェイルセーフが作動して緊急停止するはずなのに。


 この最新鋭の世界一安全な原子力発電所が、止まらないなんて!


 遠野とおのは、もう一度タッチパネルを叩いた。が、いくら押しても反応はなかった。スマートコントロールには、タッチパネル以外で操作できる場所なんてない。


 くそっ!


 制御センターの自動ドアが開く音がして、間延びした声が聞こえた。


「あのー」


 声の方を見ると制御センターの入り口に1人の女性が立っていた。


 Tシャツにデニムのダメージショートパンツ、ミュールというラフな服装で、渋谷あたりにいそうな格好をした20代ぐらい。首に大きなヘッドホンをかけている。


 遠野とおのの声が荒くなる。


「誰だ、アンタは?ここは関係者以外立ち入り禁止だ!」


「アタシだって、来たくて来たんじゃないよ。誰か緊急通報に電話したんでしょ?国家情報局から派遣されたの」


 なんだって?この女性が国家情報局の職員?


「あなたは、国家情報局の職員なのか?」


「んー、正確には国家情報局の下請けのフォレンジック専門会社の人間、竹川たけかわって言うの。よろしくね」


 フォレンジック?なんだそれは?


「原子炉止まんなくなっちゃったんでしょ?サイバー攻撃の疑いがあるから」


 竹川たけかわと名乗った女性は、自分のカバンからノートPCを3台出して、コンソール上に並べた。


「オジサン、これ制御システムのネットワークに繋ぎたいんだけど?」


 といって、PCから出ているケーブルを差し出してきた。


「ここにはそんなケーブルをさす口はない」


「んー?そうなの?」


 竹川たけかわと名乗る女性は、周りを見渡して、一番端のコンソールを指差した。


「あれ、いい?」


 そういうと、竹川たけかわはコンソールの天板をドライバーで剥がし始めた。


「おい、何をしている!」


「だって、コネクタないんでしょ?繋ぐ場所を作るの」


 竹川たけかわは、コンソールからケーブルを引き抜いて「形が違うか」と言いながら、ペンチとカッターナイフでケーブルを削り始めた。


「いったい何を?」


「んー、ケーブルストリッパー持ってこなかったんだよね。ケーブルコネクタの形が違うからさ、端子のピンアサインはわかっているから直付け《じかづけ》するの」


 竹川たけかわは、即席のケーブルを自分のPCに接続し、何やらブツブツ呟いていた。


「オジサン?」


 遠野とおのは間延びした声に、若干の苛立ちを覚えた。


「なんだ!?」


「この制御ネットワークって隔離されているよね?」


「もちろんだ!」


「完全に?」


「完全に!」


「んー、そっかー」


 竹川たけかわは、再度PCに向かった。今度は、PC同士をケーブルで接続し始めた。


「オジサン」


 今度はなんだ!?


「まさかと思うけど、システム再起動した?」


 竹川たけかわが、若干の非難めいた口調で遠野とおのに呼びかけた。


 遠野とおのは、フーッと深呼吸した。こんな時こそ、冷静にならないと。


「ええ、すでにやりました。システムの挙動がおかしい時は再起動する。規定の手順です」


「んー、そっかー」


 竹川たけかわは、手を頭にやって、何かを考え込んでいるようだった。


「もしかして、レストアも?」


「それも実施済みです」


「いつ?」


竹川たけかわさんがくる、数時間ほど前」


「んー、…」


 竹川たけかわは、拗ねた子供のような顔をして、頭をガリガリと掻きむしっていた。


竹川たけかわさん、何か問題でも?はっきり言ってください」


「んー、セキュリティ・インシデントの時って、証拠保全が第一なんよ。電源落とすとか、レストアとか絶対ダメ。やっちゃいけないことなの。足跡(証拠)が全部消えちゃうから」


「…そ、そんなことは聞いてない!」


「んー、ま、消えちゃったものはしょうがないね、じゃさ、もっかい再起動してくれる?」


「再起動ならさっき…」


「再現性の挙動が見たいの」


 遠野とおのは、言われた通り、システム再起動を実施する。今度は見逃さないようにモニターを注視していた。


 オールグリーン…いや、今度ははっきり見た。ネットワークとシステム更新のインジケーターがアンバー表示になって、またすぐグリーンに変わった。


竹川たけかわさん、今…」


 竹川たけかわは、自分のPCをじっと見ていた。何やら忙しそうにキーボードを叩いていたと思ったら、しばらくして声をかけてきた。


「んー、わかったよ、原因」


「え?本当ですか?」


「うん、トロイの木馬仕掛けられたね」


「トロイの木馬?」


「トロイの木馬ってのは、ネットワーク上で感染を広げるタイプじゃなくて、そこに止まって悪さをするタイプのマルウェア。多分、ネットワーク経路の途中に仕掛けられているね」


「しかし、この制御ネットワークは、外部と繋がってないですが?」


「んー、内部ネットワークのどこかにってこと。多分物理レイヤー、ハードウェアレベルでね」


 遠野とおのは制御ルームを見渡した。


「しかし、だとしても、制御システムのセキュリティは万全のはずです」


「かもね。でもいるの。ゼロデイのバッファオーバーフローの脆弱性が」


「バッファオーバーフロー?」


「コンピューターのメモリの中ってのは、幾つかの部屋で区切られているのさ、こんな風に」


 竹川たけかわは、紙コップの中に備え付けのコーヒーを注ぎ出した。


「通常であれば、こんな風にコップの外にコーヒーが溢れることはない。コップの許容量を超えたとしても」


 竹川たけかわは言いながら、コーヒーをコップに並々注いで、ついに溢れさせた。


「コーヒーは外に溢れるだけで、捨てられる。これがフツー」


「でもバッファオーバーフローの脆弱性ってのは」


 今度はミルクの入ったコップを、すぐ隣に並べた。


「こんな風に溢れたコーヒーが、隣のコップに侵入しちゃう。そうすると、隣のコップはもうミルクじゃなくなっちゃうってこと」


「つまりプログラムが書き換えられたってことですか?」


「んー、ざっくりいうと、そういうこと。通常のプログラムは回帰処理って言って、呼び出された直後に戻るんだけど」


「今回書き換えられたせいで、プログラムの頭に戻っている。無限ループになっているってわけ」


「なんとか止めることは?」


「あとどれくらい時間があるの?」


 遠野とおのは、コンソールを見た。


「持って4時間」


「…あちゃー。保険は入ってる?」


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