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81(エイティーワン)  作者: 雨後乃筍
1章 甘い毒
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1−1 田中美里

 彼に出会うまでの私の生活は、仕事面では充実していたと思う。でもモノクロームな人生だった。職場、出会う人、全てが無機質だった。感情は何もない。


 ただ、生きているだけ。週末は1人でネトフリを見て過ごす。


 4年めには主任になり、8年目には最新型の原子力発電所のメンテナンスを計画から実行まで任されるようになっていた。これが唯一の繋がり、生きるモチベーション。


 原子力発電所で使用しているネットワークケーブルは、ケーブル自体も厳重にシールド加工されており、コネクタの形状も一般に出回っているものではない特別仕様。

 この特殊なケーブルとコネクタを設計からメンテナンス、廃棄までを一手に請け負っているのが、私の勤めるアトラスだった。


 私のルーチンワークは、最新鋭原子力発電所のケーブルメンテナンス。


 特殊なケーブルなので、重くて硬い。

 私は、この特殊なケーブルと、テスター、工具などを会社の車に積み込み、茨城原子力発電所まで走らせる。


 誰かと組んで仕事をするよりはずっと楽。


 茨城原子力発電所の入り口で、いつもの警備員のオジサンに挨拶をし、入館手続きをする。


「女の子がこんな仕事を」って昭和的な発言をする人なので苦手な人だった。


 搬入口でケーブルを台車に載せ替えて、制御センタールームまで運んでいく。


 施設内は、全て入館時に登録した生体認証で全てのドアが開くようになっている。セキュリティと利便性の双方の要求を満たしていた。


 施設内は顔認証で追跡されており、どこに出入りしたかが常時監視されている。


 私は使ったことはないが、施設内に食堂、娯楽施設、居酒屋まである一般エリアがある。噂では、この施設内で全職員が1年間生活できるだけのライフラインがあるとか。


 コントロールドエリアは、壁もドアも無機質に作られており、慣れない人を惑わす迷路のような作りになっている。


 最初、元の部屋がわからず、迷った末に、歩いた経路を後で確認されて恥ずかしい思いをしたことがあった。


 なんの表示もない制御センターのドアを開けると、責任者の遠野とおのさんがいた。


「やあ、田中さん、今日もよろしくお願いします」


「よろしくお願いします」


 ぺこっと私は頭を下げて、これ以上話しかけられないように、制御ルームの壁面パネルケーブルの交換に手をつけた。


 何しろ特殊なケーブルで、重いので、コネクターにはボルトで固定する。

 電動ドライバーで古いケーブルのコネクターを取り外し、新しいものに交換していく。

 最後にチェックをかければ作業終了だ。


 私は幾つかの定期交換対象のケーブルを交換して、遠野とおのさんに声をかけた。


「終わりました。チェックお願いします」


「ああ、早いね。今からチェックするよ」


 遠野とおのさんは、いつもチェックを自分で実施している。

 私でもできますよと言ったことがあったが、一緒にやった方が一体感が出ていいとか言っていた。


 正直、やることもなく待っているだけなので、やらせてもらった方が楽なんだけど。


田中たなかさん、この後もし時間があったら、お茶でも飲まないですか?」

 遠野とおのさんは作業の終わりとか合間に、こうして休憩の誘いをしてくる。


 下心がないのはわかっている。


 遠野とおのさんは、いろんな出入り業者の人に声をかけて、休憩や、他愛もない話をしている。

 多分コミュニケーションの一環だと思っているのだろう。


 私は1回付き合ったことがあったが、話の内容は、ここの原子力発電所の自慢か、家族の話で、特に最近は娘さんの扱いに苦労しているとか、どうでも良い話だった。


 そんな話を聞くぐらいなら、早く会社に帰って報告書を仕上げてしまいたい。


「すいません、この後会社に戻らなきゃいけないので」


「ああ、そうだったの。ごめん。急ぎってわけじゃないから、また今度ね」


「はい、また今度誘ってください」


 私は心にもないことを言って、施設を後にした。

 本当は特にやることもないのだが、会社に戻って報告書を書くのは本当だ。


 その後は家に帰るだけ。これが私の日常だった。


 リ・イージュンに出会うまでは。


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