2−3 工作員
「中国軍に動きあり」「工作員の活動の可能性大」
国家情報局の新宿支局は無機質なデスクが並ぶ、殺風景な部屋だった。東敬太郎は、調査部から上がってきた情報を、苦々しく見ていた。
「工作員…か」
調査対象は19歳の時に交換留学生として初訪日、1年で帰国し、その後技能実習生を経て、現在は日本企業に勤務している。帰国後から技能実習までの10年は、記録がほとんどない。
この期間で、軍の訓練を受けていた可能性がある。中国は、交換留学生を集中的に軍に勧誘し、スパイを育てているという話がある。
国内には、国内の企業情報を盗む、もしくは防衛情報や国家情報などを悪用しようとする外国のスパイが、技能実習生や留学生のフリをして潜り込んでいる。
洗脳され、兵器として作り上げられた人間。
中国のスパイ訓練は過酷だ。そのことを知ったのはあるスパイの告白からだった。
かつて日本は「スパイ天国」などと呼ばれ、世界中のスパイが堂々と活動していた。スパイの万国博覧会が開けるんじゃないか?そんなことまで言われていた。
しかし、それも過去の話だ。
日本に、敵対的情報活動の防止と国内重要情報の保護に関する法律・情報統制法が成立し、それの行政機関として国家情報局が設立後、10年あまり。
別名、日本版スパイ防止法と、日本版MI6。
国家情報局には、大きく三つの部門がある。外国の活動を監視する「調査部」、集まった材料を使って外国との交渉材料や場合によってはフェイク動画を作る「渉外部」、国内のスパイ活動を監視する「保安部」
東は、その「保安部」第1期生だった。
警察官、自衛官の志願者から選抜して1年間の訓練を経て入局することができる。あるセキュリティ専門家の「セキュリティは人と人を繋ぐ絆」という話に感銘を受けて、設立当初の国家情報局に志願したのだった。当時の同期は10人はいただろうか。イメージと異なり、国家情報局の仕事は他国との諜報戦や国内の外国人の調査がメインだった。
東の任務は、そのスパイを追跡し、どんな情報を盗もうとしているのか、またそのスパイたちを逆に利用して、国内の支援団体を特定し、場合によっては制裁措置、具体的には内部の犯罪者を摘発する。
またスパイや外国組織に利用される日本国民を救い出すこともあった。平和ボケした日本人が、外国のスパイに利用されて、国家機密や企業の重要情報、通信や精密機器のデータを出してしまうことがある。
国家情報局の職員は、銃の携帯が許可され、容疑のみで拘束、殺害等の強硬手段も可能な超法規的な側面を持つ組織だった。スパイは、拘束されれば敵国だけではなく自国からも狙われる対象となり得るため、文字通り命がけだ。また本国に家族を人質として取られているケースもあると聞く。そんなの相手にするから、当然反撃してくる。命懸けで逃げる。
その場合、いちいち警告していたらこちらの身がもたない。
画面のパスポート写真を睨む。端正だが、30過ぎにしては不自然なほど少年の面影が残る顔。よくあるスパイの整形だ。年齢も29歳と偽装されている。
パスポート名、李憶俊。
お前の狙いはなんだ?




