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81(エイティーワン)  作者: 雨後乃筍
2章 見えない脅威
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2−2 不協和音

 美里みさとが「憶俊イージュンごめんね。すぐ帰るから」と言って部屋を出て行った。


 憶俊イージュンは、美里を送り出した後、部屋の隅に膝を抱えて座った。


 いつも1人になると、この格好で部屋の隅に座る。いつもそうだ。あの時も。


 あの時は、殺風景な部屋が与えられ、そこで次の時間を待つ。ただ黙って待つだけだった。


 色もない。


 音楽もない。


 ただ、時折、外からの話し声と、叫び声のようなものが聞こえるだけ。


 時間になると、ドアが開き、憶俊イージュンの担当官が入ってくる。


到时间了じかんだ


 別室では、ベッドがあり虚ろな目をした女性がいた。薬を盛られているのだろう。


开始はじめ


 担当官の無機質な声が室内に響く。


 憶俊イージュンはその声を合図に、女性の服を脱がせ、行為を始める。


 時折、担当官の指示が飛ぶ。


「不对!重来!《ちがう、やりなおし》」


 担当官に監視されながら、無表情な女性と行為を続けた。


 女性は反応はするが、なんの感動もない。


 終わったら、また部屋に戻って、部屋の隅で膝を抱えて待つ。食事、睡眠、そしてまた同じことの繰り返しだった。


 憶俊イージュンは、次第に感情がなくなり、ただ行為をする、まるで機械のように。作業として。


 美里みさととは全然反応が違っていた。


 狂おしいほどに自分を求め、愛の声をもらす。嘘偽りのない、本当の言葉。


 今も耳に残っている「愛している」の言葉。


 そしてそれに反応するように、憶俊イージュンの心の中にも、今まで感じたことのない欲望が芽生えていた。


 美里みさとをもっと喜んで欲しい。自分を感じてほしい。


 美里みさとの口から漏れる愛の言葉に、憶俊イージュンの心と体は激しく反応した。


 今まで美里みさとと過ごしてきた時間、一緒に食べた食事、自分を見つめる美里みさとの漆黒の瞳。


 その全てが憶俊イージュンの乾き切った心に潤いをもたらしてくれた。


 憶俊イージュンは膝を抱えたまま、部屋の中を眺める。


 美里みさとの甘い匂いが残る乱れたベッドにもたれかかった。訓練でもない、担当官からの指示でもない。ただ純粋に彼女だけを求め、狂おしいほどに抱きしめ合った。


 視線を巡らせる。シンクに残ったままの食器、ゴミ箱のチラシ、丸まったティッシュ。そんな散らかった日常のノイズすら、今の彼には眩しいほどに色づいて見えた。無意識のうちに、彼の口元に優しく、そしてどこか泣きそうな微笑みが浮かぶ。冷え切っていた胸の奥底に、小さな慈しみの火が灯るのを感じていた。


美里みさとさん…」


 小さく憶俊イージュンが呟く…


 憶俊イージュンは知っていた。これが破滅への道筋なのだと。


 自分は助からない。この体はそんなに長く持たない。


 だが…


 美里みさとには生きてほしい。自分がいなくなっても幸せになってほしい。


 自分の心に生まれた不協和音。


 憶俊イージュンは、自分が辿っている破滅への道と、それとは正反対の美里みさとと共に生きたい、美里みさとに対する慈しみの気持ちがぶつかり合い、やり場のない葛藤に苦しんでいた。


 憶俊イージュンは自分の左胸にある傷跡を跡ができるくらい強く掴んだ。爪が食い込み血が滲む。

 左耳を強く引っ張った。まるでそれが取り除きたくなるような異物であるように。


 奥歯がカチカチと音を立てる。


 苦しい。どうしたらいい。どうにもならない。


 これは運命。逆らえない。逆らったら…自分だけでは済まない…


(こんなに大きな傷、痛かったでしょう)


 美里みさとの言葉が蘇り、手の力がふっと抜けた。こんな…自分のこんな部分にまで優しく気遣ってくれた…


 美里みさとさん…美里みさとさんだけでも…



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