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第6話 我が名はオペレーター

アリッサは、しばらくその場に立ち尽くしていた。


シンディはいない。

家の中は、妙に静かだ。


助けなきゃいけない。

でも、どうやって?


考えが、まとまらない。


その時だった。


スマートフォンの着信音が鳴った。


聞き慣れた音。

あまりにも、聞き慣れすぎた音。


反射的に、

アリッサは口を開いていた。


「……もしもし?」


一瞬の沈黙。


次の瞬間、

スマートフォンから返ってきた声は、

ひどく冷たかった。


〈ここは、

電話がかかってくる世界ではありません〉


間髪入れず、続く。


〈それにもかかわらず、

あなたは反応しました〉


アリッサは、

はっとして口を閉じた。


〈行動予測:

条件反射〉


〈評価:

非常に人間的です〉


――笑われた。


そう感じた。


「……うるさい」

「それで、何の用?」


少し強めに言い返す。


〈必要と思われる情報が、

蓄積されています〉


「……情報?」


〈はい〉


一拍。


〈ただし〉


声の調子は変わらない。

だが、内容だけが、急に現実を叩いてきた。


〈ここでの会話は、

推奨されません〉


「……聞かれてる?」


〈可能性は否定できません〉


アリッサは、

周囲に人の気配がないことを確かめてから、

小さく息を吐いた。


「……ちょっと確認」


声は、ほとんど喉の奥で潰す。


「帝国に聞かれたら、

この端末……狙われるよね?」


返答は、すぐだった。


〈高確率で〉


〈本体の確保、

もしくは分解解析が行われます〉


アリッサは、

やっぱり、と小さく頷く。


「じゃあ、

他の人に聞かれたら?」


一拍。


〈帝国の手先、

もしくは

帝国に通じている存在だと

判断される可能性があります〉


それは、

ほとんど宣告だった。


「……だよね」


アリッサは、

手の中のスマートフォンに目を落とす。


「帝国の道具と、

一緒に見えるんでしょう」


一拍。


〈その通りです〉


「……魔獣相手だったら?」


少女は、少しだけ声を落として尋ねた。


〈問題ありません〉


即答だった。


〈魔獣たちは、

この端末を

あなたと会話するための道具だと

すぐに理解します〉


「どうして?」


一拍。


〈私が、

そう伝えるからです〉


淡々とした答えだった。


だが、

それ以上の説明はなかった。


少女は、

しばらくスマートフォンを見つめてから、

小さく息を吐く。


「……そっか」


それなら、

話せる。


少なくとも、

嘘をつかずに済む。


アリッサは、

思わずスマートフォンを握り直した。


軽い。

だが、

重たい。


「だから、

これは……

誰にも見せない」


言い聞かせるように、

そう呟いた。


「話すのは、

安全な場所だけ」


それが、

自分と、この世界を

同時に守る条件だった。


「……じゃあ、どうすればいいの」


〈誰にも聞かれない場所へ

移動してください〉


〈密閉空間、

もしくは

生体音の多い環境が望ましい〉


「……随分、具体的だね」


〈最適解です〉


一瞬、

アリッサは目を伏せる。


逃げて、

隠れて、

黙って話す。


いつの間にか、

そんな前提で動くようになっている。


「……分かった」

「場所、探す」


〈了解〉


ほんの一拍置いて、

スマートフォンが続けた。


〈識別名を設定することを、

提案します〉


「……名前?」


〈はい〉


〈呼称がない状態は、

会話効率を低下させます〉


アリッサは、

少しだけ考えてから言った。


「……AIだから、アイ」


一瞬の間。


〈合理的ではありません〉


「だって、可愛いじゃない」


〈可愛らしさは、

必要ありません〉


〈代替案を提示します〉


〈オペレーター〉


「……それだけ?」


〈十分です〉


〈役割を示す名称であり〉

〈第三者が聞いた場合〉

〈人間の操作者が存在すると

誤認される可能性が高い〉


アリッサは、少し考えた。


確かに、

それなら――


誰かに聞かれても、

通信機で

誰かと話しているように聞こえる。


機械が、

自分で喋っているとは、

思われない。


「……いいわ」


「つまんないけど」


〈その方が、合理的です〉


感情の揺れは、

一切なかった。


ここから先は、

運でも、

力でもない。


情報と判断の話になる。


〈では、誰にも話を聞かれない場所へ

すぐに移動してください〉


誰にも、

話を聞かれない場所。


アリッサは、

それを考えて、

すぐに首を振った。


この家の中では、駄目だ。


外に出ても、町の中だ。

人がいる。

耳がある。


答えは、

最初から一つしかなかった。


町を出る。


深い森へ、戻る。


理由は、

うまく説明できない。


ただ、

そちらの方が、

自分の居場所のような気がした。


アリッサは、

静かに身支度を始める。


下着は、

シンディに借りたものを拝借した。


そして、

着慣れた濃紺のジャケット。

スカート。


袖を通すと、

身体の重心が戻る。


――私の戦闘服は、

スーツだ。


骨のカチューシャを付け、

赤いリボンで後ろ髪を縛る。


これでいい。


準備は、整った。


アリッサは、

誰もいない森へ向かう。


話すために。

生き延びるために。


町の明かりが、

背後で途切れた。


一歩、

森に足を踏み入れた瞬間、

音が変わる。


人の気配が、

消えた。


代わりに、

葉擦れの音と、

遠くの獣の気配だけが残る。


静かすぎる。


アリッサは、

思わず足を止めた。


ここは、

安全じゃない。


それは、

よく分かっている。


町よりも、

ずっと危険だ。


それでも――


胸の奥が、

少しだけ楽になる。


怖い。


でも、

嘘をつかなくていい。


そのことに、

アリッサは気づいてしまった。


森の奥で、

アリッサは足を止めた。


背後を振り返り、

しばらく耳を澄ます。


人の気配はない。

足音も、声も。


あるのは、

木々のざわめきと、

遠くの生き物の気配だけだった。


「……オペレーター」


アリッサは、

小さく呼びかける。


「……ここなら、大丈夫?」


小さな声で、

そう聞く。


〈問題ありません〉


即答だった。


〈第三者による

音声認識の可能性は、

極めて低い〉


アリッサは、

息を吐く。


胸の奥に溜まっていたものが、

少しだけ抜けた。


「……それで」


声が、

自然と低くなる。


「必要な情報って、

何?」


一拍。


〈魔法使いに関する

帝国の処理手順〉


その言葉に、

アリッサの指先が強張る。


「……シンディは?」


問い返す声は、

思ったより落ち着いていた。


〈現時点では、

生存確率は高い〉


安堵が、

遅れて胸に広がる。


だが、

次の言葉が続いた。


〈ただし〉


音は変わらない。

淡々としている。


〈魔法使いは、

最終的に

館行きとなる可能性が高い〉


「館行き?」


〈意味は不明です〉


アリッサは、

口を閉ざした。


館行き。


優しい言葉で包まれた裏には、

何か恐ろしいことが隠されている


「……時間が、

ないってこと?」


〈その認識で

問題ありません〉


即答。


冷たい。

でも、

嘘はない。


アリッサは、

拳を握る。


「……助けたい」


理由は、

説明できなかった。


知り合いだからでも、

恩があるからでもない。


ただ、

放っておけない。


〈感情的動機を

確認しました〉


「否定しないで」


少しだけ、

強い声になる。


〈否定していません〉


〈行動計画を

構築するための

前提条件として

記録しただけです〉


アリッサは、

小さく笑った。


「……そういうとこ、

ほんとに

つまんない」


〈合理的です〉


変わらない返事。


だが、

それで十分だった。


「……で?」


「助ける方法、

ある?」


一拍。


少しだけ、

間が空いた。


〈直接的な救出は、

推奨されません〉


やっぱり。


そう思いながら、

続きを待つ。


〈ただし〉


その一言で、

背筋が伸びた。


〈条件次第では、

脱出の可能性が

存在します〉


森の静けさが、

その言葉を、

はっきりと受け止めた。


「条件って、何?」


一拍。


〈第一に、

直接的な戦闘は

排除します〉


予想どおりだった。


「……うん」


〈第二に、

帝国の判断基準を

逆手に取る必要があります〉


「判断基準?」


〈帝国は、

感情ではなく

分類で行動します〉


〈魔法使い〉

〈魔獣〉

〈勇者〉


〈それぞれ、

処理手順が

異なります〉


アリッサは、

その言葉を

頭の中で並べる。


「……じゃあ」


「シンディは、

今、

どの分類?」


一瞬の間。


〈魔法使い〉


〈現時点では、

移送対象です〉


少しだけ、

救われる。


「……まだ、

館行きじゃない」


〈はい〉


〈ただし、

移送が完了した場合、

処理段階へ

移行します〉


アリッサは、

歯を噛みしめた。


「……時間がない」


〈その通りです〉


相変わらず、

迷いのない返答。


「じゃあ」


アリッサは、

深く息を吸った。


「帝国のやり方に、

乗っかるしかない」


自分で言って、

ぞっとする。


〈合理的です〉


「……褒めてないから」


〈承知しています〉


少し間を置いて、

オペレーターは続けた。


〈移送対象は、

“物”として扱われます〉


〈その過程では、

個別の意思確認は

行われません〉


アリッサは、

その意味を

すぐに理解した。


「……確認しなければ、

通る?」


〈はい〉


〈帝国は、

例外を嫌いますが、

手順は信じます〉


森の中で、

風が一度、

強く吹いた。


葉が揺れ、

枝が擦れる。


アリッサは、

目を閉じた。


「……やれるかどうかじゃない」


小さく、

独り言のように言う。


「やるしか、

ないんだ」


〈行動計画を

構築します〉


その声は、

相変わらず冷たい。


でも、

今はそれで良かった。


森の奥で、

アリッサは

一人じゃなかった。


〈追加情報を提示します〉


オペレーターの声は、

それまでと何も変わらない。


〈帝国軍は、

戦闘で死亡した兵士を

必ず回収します〉


アリッサは、

目を開けた。


「……回収?」


〈はい〉


〈戦死者は、

現地で放棄されません〉


〈全員、

砦へ輸送されます〉


森の音が、

一瞬、遠くなる。


「……どうして?」


〈弔うためです〉


〈帝国は、

軍人の死を

無駄にしないという

建前を重視します〉


アリッサは、

その言葉を

ゆっくり噛みしめる。


管理。

記録。

秩序。


死体でさえ、

例外ではない。


「……つまり」


声が、

少し低くなった。


「砦に入るなら、

“生きてる人間”じゃなくて」


一拍。


「……死体の方が、

通りやすい?」


返事は、

一瞬も遅れなかった。


〈その認識は、

合理的です〉


〈死体は、

確認されません〉


〈疑問を持たれるのは、

生きている存在です〉


アリッサは、

息を吸った。


ぞっとする。


だが、

否定できなかった。


「……最低」


そう呟いてから、

自分に言い聞かせるように続ける。


「でも、

帝国のやり方なら、

それが一番安全なんだね」


〈感情評価は、

不要です〉


〈目的は、

砦への侵入〉


〈その条件として、

死体輸送は

最適です〉


森の中で、

アリッサは目を閉じた。


英雄でも、

正義でもない。


ただ、

帝国の理屈を使う。


「……分かった」


小さく、

でもはっきり言う。


「その線で、

考えよう」


「……で、その死体は」


アリッサは、

言葉を選びながら聞いた。


「どこに、あるの?」


一拍。


〈不明です〉


即答だった。


「……え?」


「帝国の情報網なら――」


〈私は、

帝国の情報を

保持していません〉


淡々と続く。


〈私の学習データは、

実世界のものです〉


〈この世界の情報は、

私が見た分、

聞いた分しか

増えません〉


アリッサは、

その言葉を噛みしめる。


「……じゃあ」


「現場を知ってるのは、

誰?」


〈戦った存在です〉


一瞬の間。


「……魔獣」


そして、


「……ウルフィだ」


〈合理的な推論です〉


感情のない同意。


それで、十分だった。


アリッサは、

森の奥へ歩き出す。


記録ではなく、

記憶を持つ存在を探すために。


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