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第5話 シンディとの出会い

焚き火は、もう灰になっていた。


寝袋代わりの毛皮から、

アリッサはゆっくりと抜け出す。


夜露に濡れた草を踏み、

そのそばに腰を下ろした。


腹は、空いている。


それは、はっきり分かる。

身体が軽く、指先に力が入らない。


けれど、

火のそばに置いた包みには、

手が伸びなかった。


中身は、魔獣の肉だ。


今までは、迷わず食べていた。

生きるためには、それしかなかった。


理由も、言い訳も、

ちゃんとあった。


だが、

今は違う。


ウルフィの声が、

頭のどこかに残っている。


――俺たちは、死んだ仲間を弔うために食う。


――仲間の魂が、俺たちに還る。


アリッサは、包みを見つめたまま、

小さく息を吐いた。


正しいとか、

間違っているとか、

そういう話じゃない。


ただ、

知ってしまった。


それだけだ。


知ったあとで、

同じようには、出来ない。


食べられなくなった、

というより――

正しい事をしている気が、

しなくなった。


腹は鳴ったが、

それでも手は動かなかった。


「……困ったな」


独り言が、

夜に溶ける。


このままでは、

長くはもたない。


魔獣を狩らない。

死体にも頼らない。


となると、

選択肢は一つしかなかった。


人のいる場所。

物と物を交換する場所。


――町。


アリッサは、

焚き火を見つめながら考える。


仕事。


子どもの体で、

何が出来る?


思いつくものは、

どれも心許ない。


それでも、

何もしないよりは、ましだ。


魔獣の肉を食べないと決めた以上、

別の方法で、生きなければならない。


それは、

誰かに認めてもらう、

ということでもある。


少しだけ、

怖かった。


だが、

立ち止まる理由にはならなかった。


アリッサは立ち上がり、

焚き火を丁寧に消す。


残りの荷をまとめ、

夜の向こうを見た。


遠くに、

ぼんやりとした明かりがある。


人の作る光だ。


町だろう。


「……行こう」


自分に言い聞かせるように、

小さく呟く。


仕事を、見つけなきゃいけない。


生きるために、

食べる方法を変える。


アリッサは、

町へ向かって歩き出した。



小さな町だった。


人通りは少なく、

活気と呼べるものも、ほとんどない。


こんな町で、

本当に仕事が見つかるだろうか。


アリッサは、

歩きながら不安になる。


しばらく進むと、

古びた看板が目に入った。


飲み屋。


その下に、

紙切れが一枚、貼られている。


――皿洗い募集中。


アリッサは、

その文字を、しばらく見つめた。


「……まずは、ここからかな」


重く、軋む扉に手をかける。


覚悟を決めて、

店の中へ足を踏み入れた。



店の中は、意外なほど人がいた。


朝だというのに、

笑い声と、食器の音が絶えない。


活気がある。


――でも、朝だよね。


その不自然さに引っかかりながら、

アリッサは、店主らしい人物を探した。


カウンターの奥に立つ男を見つけ、

恐る恐る声をかける。


「あの……表の張り紙……」


その時だった。


人影に隠れて見えなかった場所から、

低い声が上がる。


「子供だと?」


「ひとりか?」


鎧の擦れる音。


「だったら、

保護しねーといけねーな」


ガタガタと、

椅子が倒れる音が響く。


何人かが立ち上がったのが、

視界の端に映った。


――まずい。


そう思った瞬間、

右手が、強く引かれた。


「こっち」


短い声。


振り返ると、

女の背中が見えた。


細く、すらりとした体型。

若い女性だと、直感する。


抵抗する間もなく、

ぐいぐいと引っ張られる。


裏口の扉を抜け、

外に出ても、

足は止まらない。


顔は見えない。

ただ、迷いのない動きだった。


しばらく引っ張られて、

一軒の家の前で止まる。


扉が開き、

中へ押し込まれた。


女もすぐに入り、

背後で扉を閉める。


そこで、ようやく顔が見えた。


親しみやすく、

どこか力の抜けた、

魅力的な顔立ち。


「あぶなかったねー」


そう言って、

アリッサに向かって笑う。


「一人であんなところにいたら、

危ないじゃない」


「お父さんとお母さんは?」


「どこに住んでるの?」


「その服、なに?」


「何歳?」


矢継ぎ早の質問。


「えっと……」


答える前に、

女の手が動いた。


アリッサの服を、

ぽんぽんと脱がし始める。


「まずは、お風呂!」


「あんた、

臭いわよ」


有無を言わせない調子で、

風呂場へ押し込まれた。


「えーと……お湯は?」


「は?」


変な顔をされる。


――そうか。

この世界じゃ、水なんだ。


「その汚い服も洗うわよ」


「変な生地ね……」


「私が小さい頃の服、

置いとくから」


冷たい水で、

体と髪を洗う。


布切れで水を拭き取ると、

思わず、息が漏れた。


――最高。


久しぶりに、

人間に戻れた気がする。


ただし。


用意された服は、

どれも、

少し大きかった。


それでも、

清潔な服と下着があるのは、

とてもありがたかった。


風呂場から出ると、

シンディは、待ち構えていたように布を手に取った。


「はい、もう一回」


有無を言わせない調子で、

頭から背中まで、

ごしごしと拭かれる。


力加減は、少し強めだ。


「ちゃんと拭かないと、

風邪ひくからね」


アリッサは、

されるがまま、

小さく身を縮めた。


「あ、そうだ」


女は、思い出したように言った。


「私、シンディ」


軽い調子で名乗る。


「魔法使い、やってるの」


アリッサは、一瞬だけ言葉を失った。


魔法使い。


そんなものが、

本当にこの世界にはいるらしい。


「……でもね」


シンディは、

人差し指を口元に当てる。


「秘密だから」


「捕まっちゃうからね」


本気とも、

冗談とも取れる口調だった。


アリッサは、

どう返せばいいのか分からず、


「……へぇ」


とだけ、

一言返した。


目を覚ますと、

温かいベッドの中にいた。


どうやら、

あのまま疲れて眠ってしまったらしい。


――そういえば。


私、

自分のこと、

何も話していない。


名前さえ、

名乗っていない。


アリッサは、

静かにベッドを抜け出し、

リビングらしい部屋へ向かう。


ソファーの上で、

シンディが、

酔い潰れて横たわっていた。


――やれやれ。


家の中を探し、

毛布らしきものを見つける。


起こさないよう、

そっと、

シンディにかけてやった。


「……シン」


寝言のような声。


「……シンシ」


「……シンシア……」


自分の名前は、

シンディだろうに。


酔っ払い。


少し呆れながら、

その寝顔を見つめる。


――でも。


どこか、

少しだけ、

悲しそうに見えた。


ドン、

ドン、

ドン。


突然、

扉が激しく叩かれた。


――やばい。


あいつらだ。


アリッサは、

息を殺してベッドルームに戻り、

ベッドの下へ滑り込む。


次の瞬間、

家の中に、

兵士たちがなだれ込む音がした。


「こいつか?」


「若いな」


「間違いなさそうだ」


引きずられる音。

布が擦れる音。


シンディの声は、

聞こえなかった。


やがて、

兵士たちが出て行く足音。


扉が閉まる、

鈍い音。


その向こうから、

切れ切れに声が聞こえた。


「久しぶりの……まほ……狩りだ」


「収穫が……」


「……も、殺され……」


――私じゃない。


シンディが、捕まっちゃった。


アリッサは、

慌ててベッドの下から這い出る。


開いたままの扉へ駆け寄り、

外を覗いた。


――シンディ、どこ?


だが、

すぐに足が止まる。


追いかけて、

どうする?


今の自分に、

シンディを助けられる力はない。


アリッサは、

胸の奥に広がる無力感を噛みしめながら、

扉の前に立ち尽くした。


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