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第4話 私の名前はアリッサ

「……あなたたちは、どうして私を襲うの?」


少女は、勇気を振り絞って言った。

力強く言えた……つもりだった。


だが、耳に返ってきた声は、

思っていたよりずっと、か細い。


それでも、視線は逸らさない。


焚き火の向こうで、

狼型の魔獣が低く唸った。


「……俺の仲間を、食っただろう」


少女は、はっとして足元を見る。


焚き火のそばに残った、

骨と、焼け焦げた肉の残骸。


否定は、できなかった。


一瞬、言葉に詰まる。


それでも、息を吸って、続ける。


「……それは、死んでた」


言い訳に聞こえると分かっていても、

止めなかった。


「生きるためには……仕方なかったの」


声が、少しずつ小さくなっていく。


「……だから、ごめんなさい」


言葉を探すように、

間を置いて続ける。


「でも、決して……憎くて食べたんじゃない」


喉が詰まる。

それでも、逃げずに言った。


「祈りながら……感謝して食べたの」


狼型の魔獣は、一瞬、下を向いた。

それから、天を仰ぐ。


短く、

とても悲しそうに吠える。


「……俺たちは、死んだ仲間を弔うために食う」


低く、静かな声だった。


「そうして、仲間の魂が、俺たちに還る」


少しの間。


次の言葉は、

明らかに色を変えていた。


「だが、奴らは違う」


顔を上げ、

怒りに満ちた目で続ける。


「奴らは、

俺たちを排除するためだけに殺す」


帝国の兵士たちのことだ。

少女は、そっと問いかけた。


「……それは、どうして?」


魔獣は、首をぶるりと震わせる。

また、視線を落とした。


「分からん」


短く答える。


「ただ……邪魔なんだろうな」


そして、背を向ける。

その背中は、ひどく疲れて見えた。


「……おまえは、奴らとは違うようだな」


振り返らずに言う。


「おまえも、狩られないように気をつけるんだな」


少女は、慌てて一歩踏み出した。


「待って!」


声が、少し大きくなる。


「……あなたの名前を、

教えてくれない?」


焚き火の向こうで、

魔獣がこちらを振り返った。


敵意はない。

だが、警戒は解いていない。


「……俺たちには、名前はない。

おまえには、名前があるのか?」


低い声だった。

問いかけというより、確認に近い。


少女は、一瞬だけ言葉に詰まる。


名前。


それは、ここに来てから、

まだ一度も口にしていないものだった。


少し間を置いて、

少女は、焚き火を見つめたまま答える。


娘の名前、アリサ。

――いや。


「……アリッサ」


思ったより、

はっきりした声が出た。


「それが、私の名前よ」


魔獣は、すぐには反応しなかった。


やがて、


「アリッサ。お前の名前か。」


そう言って、視線を逸らす。


その呼び方に、

少女は、ほんのわずかに肩の力を抜いた。


名前を呼ばれたのは、

ここに来てから、初めてだった。


「……名前があるのには、

何か意味があるのか?」


魔獣は、不思議そうな表情で、

アリッサを見つめていた。


問い詰めるでも、

拒むでもない。


ただ、分からないものを

確かめる目だった。


アリッサは、少し考えてから答える。


「意味、かどうかは分からないけど」


正直な言葉だった。


「でも……」


焚き火の向こうで、

魔獣の目を、きちんと見返す。


「あなたが、私を呼んだように」

「私も、あなたを呼べるわ」


少し間を置いて、

アリッサは、ゆっくりと言葉を続ける。


「……あなたにも、名前があればね」


言いながら、

それを自分が望んでいるのに気づく。


「……だから」


ほんの少し、間を置いてから、

アリッサは続けた。


「あなたの名前を付けさせてくれない?」


「……好きにしろ」


魔獣は、少し照れたように、

ぶっきらぼうに答えた。


アリッサは、ほんの少し首をかしげる。


考える時間は、長くなかった。


狼。

ウルフ。


「……ウルフィ」


確かめるように、

もう一度、呼ぶ。


「あなたの名前よ」


「ふん」


ウルフィは、鼻を鳴らすと、

背中を向けて歩き出した。


その背から、

小さな光の塊がひとつ飛ぶ。


闇を切り裂くように弧を描き、

消えかけていた焚き火へ落ちた。


火が、静かに息を吹き返す。


「……またね、ウルフィ。ありがとう」


少女の声に、

ウルフィは振り返らない。


「奴らには、気をつけろよ。アリッサ」


それだけ言って、

仲間たちとともに、

闇の中へ溶けていった。


焚き火の音だけが、

その場に残った。

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