第19話 隠れ家に帰らなきゃ
メイトリックスとシンディは、
無事に救出できた。
クリツァと、
仲間の竜たちは、
役目を終えると、
空へ戻っていった。
そして、
アリッサたち三人は、
奪った馬車で、
隠れ家へ向かっている。
誰も、
何も喋らない。
三人とも、
へとへとだった。
しばらくして、
アリッサは気がついた。
「この馬車なら、
他の町にも行けるんじゃない?」
シンディが乗っかる。
「隣町なら大きな市場があるわ」
更にメイトリックスが続けた。
「この馬鹿みたいに豪華な馬車が
資金源になりそうじゃな」
3人の気分が上がって来た。
買い出しだ。
早速、メイトリックスが
御者席に移って操作を始める。
機械馬車の操作は簡単。
普通の馬車と一緒だ。
馬車馬の手綱で方向を変え、
鞭で軽く叩いてスピードを上げる。
馬車のスピードは見る見る上がり、
キャビンの窓からの景色も流れるように変わって行った。
「メイトリックス、
いい気になってあまり速度を上げすぎないで」
シンディが少し怖がって叫ぶ
アリッサは無言で微笑んだ。
やがて、
隣町が見えてきた。
アリッサは、
キャビンの窓から
身を乗り出す。
――大きい。
シンディの家がある町より、
何倍もありそうだ。
建物の数。
人の流れ。
遠くまで続く屋根。
シンディは、
黙ったまま、
何かを考えている。
たぶん、
頭の中で
買い物リストを作っている。
メイトリックスは、
前を見据えたまま、
別のことを考えているようだった。
この馬車を、
どこで、
どうやって
一番高く売るか。
アリッサは、
二人の様子を見て、
そっと息を吐く。
……大丈夫そうだ。
ここは、
任せよう。
今は、
子供らしく。
三人でいると、
そんな選択肢も、
ちゃんと取れる。
町の入り口で、
メイトリックスは馬車を止めた。
「わしは、
この馬車を売りに行く」
手綱をまとめながら、
続ける。
「昔、
世話になった道具屋があるんじゃ」
「そこなら、
高く買ってくれるはずじゃ」
……道具屋?
アリッサは、
首をかしげる。
なんだか、
一気にRPGっぽくなってきた。
「じゃあ」
「武器屋とか、
魔法屋とか、
宿屋とかもあるの?」
無邪気に聞いてみる。
すると、
シンディが
変な顔をして答えた。
「……当たり前じゃない」
即答だった。
アリッサは、
思わず笑ってしまう。
なんだか、
急に楽しくなってきた。
「じゃあさ」
「私用の武器も、
買っていい?」
間髪入れずに、
「ダメに決まってるでしょ」
ぴしゃり。
……残念。
メイトリックスとは、
市場の入り口で待ち合わせることにした。
馬車を売る役目は、
彼に任せる。
アリッサは、
シンディと一緒に
買い出しの下見をすることになった。
「……わぁ」
思わず、
声が漏れる。
市場は、
とにかく広かった。
通りがいくつも分かれ、
露店と店が、
隙間なく並んでいる。
食べ物。
布。
道具。
薬草。
中には、
何を売っているのか
さっぱり分からない店もある。
怪しげな瓶。
動かない置物。
用途不明の金属片。
見ているだけで、
目が忙しい。
「ねえ」
アリッサは、
ふと思いついて聞いた。
「白いフクロウとか、
売ってるお店ってないの?」
シンディが、
一瞬だけ立ち止まる。
そして、
怪訝そうな顔で言った。
「……知らないわよ」
「なにそれ」
「変な子ね」
即答。
アリッサは、
くすっと笑った。
だって、
あるかもしれないじゃない。
さっき魔法の杖屋さんもあったし。
ここは、
何でもありそうな場所だ。
買い物する物を決めて――
ほとんどは、
食べ物だった。
それに、
おおきなフライパン。
それを頭の中で整理してから、
二人は、
市場の入り口へ戻る。
メイトリックスを、
待つためだ。
しばらくして、
メイトリックスが
ほくほくした顔で戻ってきた。
どうやら、
馬車は
かなり高く売れたらしい。
「いやあ、
昔の縁というのも
捨てたもんじゃないな」
そう言って、
道具屋とのやり取りを
一通り語り始める。
話は、
だんだん武勇伝めいてきた。
アリッサは、
適当に相槌を打ちながら、
シンディと顔を見合わせる。
――さて。
次は、
買い物だ。
自然と役割が決まる。
メイトリックスは、
必要そうな物を見繕い、
値段交渉。
シンディは、
食料と日用品を中心に回る。
アリッサは――
シンディについて行くだけの係。
それと、
荷物持ち。
一通り買い物を終える頃には、
両手が、
完全に塞がっていた。
少し遅れて、
同じように
荷物を抱えたメイトリックスと合流する。
メイトリックスは、
何も言わずに近づき、
アリッサとシンディの荷物を
さりげなく受け取った。
重さを確かめるように、
持ち替える。
アリッサは、
少しだけ肩が軽くなった。
さあ、
隠れ家に
帰らなきゃ。
三人で、
町の外へ向かって歩きながら、
アリッサは、
二人の様子がおかしいことに気がついた。
会話が、
ない。
足取りも、
どこか重い。
――どうしたんだろう。
少しして、
シンディが意を決したように口を開く。
「……ねえ」
「私たち、
どうやって隠れ家に帰るの?」
メイトリックスが、
困ったように顎に手を当てる。
「馬車は、
売ってしまったしのう」
……え?
一瞬、
アリッサの頭に、
いくつかの選択肢が浮かんだ。
タクシー。
バス。
乗り合い馬車。
口に出しかけて、
やめる。
――いや。
あるわけ、
ないか。
一旦、
三人は道端に腰を下ろした。
空が、
少しずつ
色を変えていく。
日が、
落ち始めていた。
「ねえ……」
アリッサは、
様子をうかがいながら聞いてみる。
「とりあえず、
宿屋に泊まるのは?」
少しの間。
シンディが、
困ったように視線を逸らした。
「……高いのよ」
「もう、
そんなに
お金が残ってないの」
――え?
そんなに、
使っちゃったの?
無計画すぎない?
貯金とか、
しないの?
……しないか。
だって、
RPGでも、
お金は
だいたい使い切る。
アリッサは、
妙に納得してしまった。
しばらく、
無言が続いた。
少しして、
シンディが立ち上がる。
膝のあたりを、
ぱんぱんと手で払った。
……仕方ないか。
鞄を、
ごそごそと探る。
取り出したのは――
魔法の杖だった。
「飛行魔法はね」
「魔力をいっぱい使うし、
だだ漏れで危険なの」
「私も、
何日か動けなくなるけど……」
少し間を置いて、
続ける。
「それで、
いいわよね」
「じゃあ、
歩く」
アリッサが即答すると、
メイトリックスも頷いた。
「そっちの方が、
安全じゃな」
二人は、
荷物を持って
歩き出そうとする。
「ちょ、
ちょっと待って!」
シンディが、
慌てて制止した。
「たまには、
私も頼ってよ」
「……危険なんじゃろ?」
「まあ、
少し」
「お前さんの体力と、
魔力を
使い切るんじゃろ?」
「……まあ、
そうね」
「じゃあ、
歩こう」
メイトリックスが、
背を向けて歩き出した、
その瞬間だった。
シンディが、
杖を大きく左右に振る。
そして、
空に向かって
両手を掲げた。
ふわり、と。
三人の体と、
抱えていた荷物が、
同時に浮き上がる。
地面が、
遠ざかる。
空気が、
一気に変わった。
「……バカモンが!」
メイトリックスの
怒鳴り声とは裏腹に、
三人は、
そのまま空へ舞い上がる。
こうして――
隠れ家への帰路についた。
空からの景色は、
最高だった。
屋根が、
道が、
町の灯りが、
一気に遠ざかっていく。
さっきまで歩いていた場所が、
あっという間に
点になる。
風が、
頬を撫でる。
冷たいのに、
嫌じゃない。
そして――
この、
スピード感。
地面に縛られていたものが、
一気にほどけていく。
怖さよりも、
先に来たのは、
解放感だった。
アリッサは、
思わず息を吸う。
……ああ。
今は、
前に進んでいる。
あっという間に、
隠れ家が見えてきた。
――速い。
地面が、
一気に近づく。
そして、
隠れ家の前に降り立った――
その瞬間だった。
どさり。
鈍い音。
振り向くと、
シンディが、
倒れていた。
メイトリックスは、
何も言わずに
シンディを担ぎ上げた。
そのまま、
隠れ家の中へ入っていく。
アリッサは、
少し遅れて
後を追った。
中に入ると、
シンディの体は
すでにベッドの上にあった。
乱暴さは、
どこにもない。
額には、
濡れたタオル。
呼吸も、
穏やかだった。
メイトリックスは、
ベッドの横の椅子に座り、
ただ、
動かずにいる。
アリッサは、
その様子を
少しだけ見てから、
そっと視線を外した。
そして、
二人のもとを離れ、
買い出しの荷物を
片付け始める。
――大丈夫。
だって、
数日だけ
動けなくなるって
言ってた。
自分に言い聞かせるように、
そう思った。
それでも、
少しだけ、
涙が出た。




