第13話 買い出しに行かなくちゃ
朝食は、
味気ない芋だけだった。
皮を剥いて、
茹でただけ。
三人とも、
無言で咀嚼している。
腹は満たされる。
だが、
気分は満たされない。
その沈黙を破ったのは、
シンディだった。
いきなり、
椅子を引いて立ち上がる。
「……買い出しに行きましょう」
アリッサは、
思わず顔を上げた。
シンディの家があった町。
人がいて、
帝国の目もある場所。
嫌な予感が、
胸をよぎる。
「でも……」
「町に戻ったら、
捕まっちゃうんじゃ……」
「それに、
お金はあるの?」
シンディは、
にやりと笑った。
「だから、
変装して行くの」
――バンッ。
机を叩く音。
「反対じゃ」
メイトリックスが、
即座に言う。
「危険極まりない」
「いつまでも、
こんな食事じゃ
飽き飽きするわ」
シンディは、
腰に手を当てる。
「アリッサだって、
育ち盛りなのよ?」
「おぬしは、
いつもそうやって
無計画で……」
「だーって」
シンディは、
間髪入れずに返す。
「計画って、
失敗するじゃない」
「あなたの、
この前の計画だって」
言葉に詰まる。
メイトリックスの顔が、
みるみる赤くなった。
「……とにかく、
反対じゃ」
そう言い捨てて、
席を蹴るように立ち上がる。
そのまま、
外へ出ていった。
残された二人。
シンディは、
気にした様子もなく言う。
「外に行くなら、
何か買ってきてよ」
メイトリックスは、
一瞬だけ立ち止まる。
言い返そうとして、
でも、
何も言えずに。
そのまま、
姿を消した。
「……え?」
アリッサは、
おろおろと二人を見比べる。
「だ、大丈夫なの?」
シンディは、
肩をすくめた。
「どうせ、
すぐ戻ってくるわよ」
――だが。
メイトリックスは、
その夜、
戻ってこなかった。
目を覚まして、
アリッサはダイニングへ向かった。
そこにいたのは、
シンディだった。
椅子に座ったまま、
背中を丸めている。
目は真っ赤で、
明らかに、
一睡もしていない。
「……どこ、
ほっつき歩いてるんだろうね」
ぼそりと、
吐き捨てるように言う。
「……あのアホ」
相変わらず、
口が悪い。
でも、
声には、
いつもの張りがなかった。
シンディは、
大きくため息をつく。
「ねえ……」
アリッサは、
慎重に声をかける。
「探しに行かなくて、
いいの?」
「知らない」
即答だった。
アリッサは、
少し迷ってから、
続ける。
「でも……」
「何か、
あったのかもよ」
「帝国に、
襲われたとか」
「……魔獣に、
食べられちゃったとか」
言った瞬間、
しまった、
と思った。
アリッサは、
慌ててシンディの顔を覗き込む。
脅かしすぎた。
だが、
シンディは怒らなかった。
代わりに、
何かを決めたように、
立ち上がる。
ごそごそと、
鞄に物を詰め込む。
「……ちょっと、
出かけてくるわね」
そう言って、
そのまま外へ向かおうとする。
「あ、
私も一緒に――」
アリッサが、
慌てて後を追う。
だが、
シンディは振り返って言った。
「子供は、
出かけちゃ駄目よ」
「保護されちゃうでしょ」
――自分だって、
魔法使いで、
狙われているくせに。
その言葉を、
飲み込む。
「とにかく」
「黙って、
待ってなさい」
それだけ言って、
シンディは出ていった。
扉が閉まる。
アリッサは、
一人、
取り残される。
胸の奥が、
ざわついた。
嫌な想像が、
次々に浮かぶ。
二人が、
帝国に襲われる。
魔獣に、
追われる。
――駄目だ。
これ以上、
待っていられない。
アリッサは、
ぎゅっと、
スマートフォンを握りしめる。
そして、
考える前に、
外へと飛び出した。
独りって、
こんなに不安だったっけ。
隠れ家を出た瞬間、
空気が変わった。
アリッサの体が、
きゅっと縮こまる。
誰もいない。
守ってくれる人もいない。
それだけで、
世界が広く、
冷たく感じた。
無意識に、
手が動く。
スマートフォン。
考えるより先に、
オペレーターを呼び出していた。
「……オペレーター」
『応答可能』
「シンディと、
メイトリックスを探して」
一拍。
『リクエストは、
受領できません』
「……え?」
『対象に関する
位置情報および
行動履歴データが
存在しません』
「……データが、
ない?」
『はい』
淡々とした表示。
助けてくれない。
探してもくれない。
アリッサは、
スマートフォンを
強く握りしめた。
――そうだ。
ここから先は、
自分の足で
探すしかない。
胸の奥が、
きしむ。
それでも、
立ち止まらなかった。
不安を抱えたまま、
アリッサは
一歩、
前に踏み出す。
シンディの家がある町が、
少しずつ近づいてきた。
胸の奥が、
ざわつく。
――まさか、
自宅に戻ってないわよね。
シンディなら、
やりかねない。
でも、
メイトリックスを探しに
出たはずだ。
……どうしよう。
道端の木の陰に身を寄せながら、
アリッサは考えあぐねた。
この広い町で、
二人をどうやって探せばいい。
その時、
人の気配が近づいてくる。
反射的に、
さらに身を隠す。
男が二人。
雰囲気は荒くない。
でも、
不用意に姿を見せたくはなかった。
「お前、
あの広告見たか?」
「すごい賞金だよな」
「お前も出てみれば?」
「無理だろ」
「なんでも、
すごく強いやつが
いるらしいぞ」
その言葉を聞いた瞬間、
胸の奥で、
何かが弾けた。
――メイトリックスだ。
理由はない。
根拠もない。
でも、
分かってしまった。
あの人なら、
私たちのために
賞金目当てで
出場しかねない。
勇者だ。
そういうことを、
平然とやる。
「出るのは無理でも、
見に行くか?」
「だな」
二人が歩き出す。
アリッサは、
ついていくか迷った。
だけど、
――そこに、
いる。
きっと。
多分。
アリッサは、
そう信じて、
そっと二人の後を
つけていった。




