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第11話 勇者メイトリックス

クリツァの背で、

砦から町へ続く道沿いを飛ぶ。


高い位置から見下ろすと、

人々の反応が、

よく分かった。


悲鳴。

走る影。

家の中へ逃げ込む人たち。


戸が閉まり、

窓が塞がれる。


――当たり前だ。


竜だ。


味方かどうかなんて、

分かるはずがない。


アリッサは、

苦笑する。


竜に乗って、

どこへでも行ける。


そんな幻想は、

一瞬で崩れた。


目立ちすぎる。


これじゃ、

探し物どころじゃない。


しばらく進んだところで、

道沿いに、

壊れた馬車を見つけた。


車輪は折れ、

木材は砕けている。


戦った後だ。


間違いない。


アリッサは、

辺りを見渡す。


だが、

そこから先が分からない。


「……オペレーター」


「ここから、

どこへ行ったか、

分かる?」


一拍。


〈情報が不足しています〉


〈推定は可能ですが、

信頼性は低い〉


「……だよね」


思わず、

肩の力が抜ける。


がっかり、

という言葉が、

いちばん近かった。


その時、

クリツァが、

ふいに動きを止めた。


翼の動きが、

わずかに変わる。


鼻先を、

空気に向けて、

小さく吸う。


「……気づいた?」


返事はない。


だが、

進路が、

わずかにずれた。


「匂いだ」


低い声。


「……館行きになった

魔法使いに、

似ている」


アリッサは、

思わず息を飲む。


「……シンシア?」


確信は、

ない。


それでも。


「行ってみよう」


アリッサは、

迷わず言った。


オペレーターの

推論ではなく、

竜の感覚を、

信じる。


クリツァは、

何も言わず、

その方向へ翼を切った。



クリツァは、

高度を落とした。


地面すれすれを、

低く、

ゆっくりと飛ぶ。


匂いは、

もう、

ほとんど分からない。


微かに、

本当に微かに、

残っているだけだ。


それも、

やがて、

途切れた。


――ない。


アリッサは、

言葉を失う。


空が、

少しずつ

暗くなってきていた。


日が落ちる。


これ以上、

探せるだろうか。


「……この辺りを、

もう一度」


「低空で、

旋回してみよう」


クリツァは、

応えるように

翼を緩めた。


その瞬間だった。


風を裂く音。


――来る!


長槍が、

空を切って

飛んできた。


クリツァは、

とっさに身をひねる。


直撃は免れた。


だが、

翼の端を、

掠めた。


鈍い衝撃。


血の匂いが、

一気に広がる。


「クリツァ!」


「大丈夫!?」


答えは、

ない。


翼が、

空を掴めなくなる。


次の瞬間、

地面が

跳ね上がった。


衝撃。


身体が投げ出され、

視界が

ぐるりと回る。


立ち上がろうとしたが、

間に合わなかった。


鎧を着た、

屈強な兵士が、

剣を構えて

走ってくる。


――やられる。


「オペレーター!」


「助けて!」


〈私には、

対処できません〉


即答だった。


逃げ場は、

ない。


その時。


「……あれ?」


間の抜けた声が、

場違いに響いた。


「こないだの、

お嬢ちゃん?」


兵士の動きが、

ぴたりと止まる。


「えーと……」


「何だっけ」


「名前、

まだ聞いてなかったかも」


あくまで、

マイペース。


「……シンディ!」


声が、

震れた。


次の瞬間、

視界が滲む。


涙が、

止まらなかった。


「……よかった」


「やっと、

会えた……」


「何よ、

大げさね」


そう言いながら、

シンディは、

アリッサの頭に

そっと手を置く。


優しく、

撫でる。


その温もりが、

現実だった。



「我が輩は、

勇者メイトリックスだ」


「先ほどは、

失礼した」


鎧の男は、

うやうやしく頭を下げて名乗った。


……我が輩?


何時代の言葉よ。


勇者?


それ、

自分で言う?


「竜に乗って登場なんて、

驚いちゃったわ」


シンディが、

楽しそうに言う。


「お嬢ちゃん、

竜使い?」


「……そんな職業、

あるの?」


「無いわよ」


「竜に乗ってる人、

初めて見たもの」


……なんだか、

会話のつかみ所がない。


シンディって、

もしかして

天然?


メイトリックスは、

少し後ろで、

ニヤニヤしながら

二人のやり取りを見ている。


「その竜は、

お仲間なのね」


「ごめんなさいね」


「このバカが、

早とちりしちゃって」


そう言って、

シンディは、

親指でメイトリックスを指した。


「……なんだか、

会話がし辛いわね」


「お嬢ちゃん、

早く名前を教えなさいな」


圧倒されている間に、

ようやく、

名前を聞かれた。


「……アリッサ」


「いい名前ね」


「……そうかな」


「覚えやすいわ」


「戦場でも、

呼び間違えない」


メイトリックスも、

少し遅れて頷いた。


――戦場基準なんだ。


この二人との組み合わせなら、

ジェニーでも

良かったかもしれない。


でも、

もう、

アリッサという名前が、

自分のものとして

染みついていた。


「あ、そうそう」


シンディが、

何かを思い出したように言う。


「ちょっと、

待っててね」


荷物をあさり、

棒のようなものを取り出す。


そして、

意味不明な言葉を口にしながら、

それを振った。


白く輝く光が、

一直線に、

クリツァへ向かう。


「――シンディ!」


「クリツァは、

仲間だから!」


慌てて駆け寄る。


だが、

傷口は、

塞がっていくばかりだった。


攻撃じゃない。


……治療だ。


「アリッサちゃん」


「私が、

魔法使いだって、

覚えてた?」


それが、

アリッサが、

この世界で

初めて見た、


魔法使いの魔法だった。



「それはそうと、

どうして私たちを

追ってきたの?」


シンディが、

不思議そうに首をかしげる。


「それは……」


言えなかった。


シンシアが、

館行きになったなんて。


アリッサは、

黙ったまま、

ポケットから

腕輪を取り出す。


そっと、

シンディの手に渡した。


「……これは?」


シンディの表情が、

一瞬で変わる。


「シン……」


「……シア?」


その場に、

膝から崩れ落ちた。


「あぁ……っ」


声にならない声が、

空気を震わせる。


その鳴き声が、

周囲に、

長くこだました。


メイトリックスが、

静かに近づき、

シンディの背中に

そっと手を置く。


「……シンシアは、

シンディの

双子の妹じゃ」


低く、

抑えた声。


「そして、

我が輩の

妻でもあった」


言葉が、

出なかった。


――知らない方が、

良かったのかもしれない。


腕輪なんて、

持ってこない方が。


そんな考えが、

一瞬、

頭をよぎる。


だが、

メイトリックスは、

ゆっくりと

顔を上げた。


「……アリッサ」


「ありがとう」


優しく、

震える声だった。


その目にも、

はっきりと、

涙が溜まっているのが

分かった。



三人で、

一通り泣いた。


涙が涸れて、

声も出なくなって、

全員、へとへとだった。


その時、

シンディのお腹が、

小さく鳴った。


一瞬、

みんなで顔を見合わせて、


それから、

笑った。


少しだけ、

黙った。


「……この先に、

わしらの隠れ家があるんじゃが」


しばらくして、

メイトリックスが口を開く。


そして、

少し困ったように続けた。


「竜は、

入れんのじゃ」


アリッサは、

思わずクリツァを振り返った。


なんとなく、

寂しそうな表情に見える。


でも、

シンディとメイトリックスの前では、

会話はできない。


どうしたものかと、

黙って眺めていると、


クリツァが、

ドスドスと近づいてきた。


まず、

アリッサの匂いを嗅ぐ。


次に、

メイトリックス。


最後に、

シンディ。


そこで、

少しだけ、

たじろぐような仕草を見せた。


それから、

翼を大きく広げる。


飛び立つ前の、

あの姿勢だ。


「……クリツァ」


「ごめんね。

ありがとう」


アリッサが、

そう言う。


「このバカが、

ごめんなさいね」


シンディが、

軽く頭を下げる。


メイトリックスは、

何も言わず、

うやうやしく礼をした。


クリツァが、

地面を蹴る。


翼が風を切り、

その巨体が空へ浮かび上がる。


何度見ても、

雄大だった。


「またねー!」


昔からの友達みたいに、

シンディが大きく手を振る。


アリッサも、

小さく手を振り返しながら、


「……また、

会えるよね」


と、

誰にともなく呟いた。


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