第二話「川遊び」
翌朝、俺は再び神社に向かっていた。
どうしても昨日の幼女が言った『来なければ祟るからの! 本当じゃからな!』という言葉が忘れられなかった。
嘘でも祟るとか言われたら行かずにはいられないだろ…。
俺はおばあちゃんの家にあった掃除道具一式を手に、階段を上った。
***
「はあ…本当にいるし」
階段を上がると社の縁側で寝ている巫女服風の和服を着た幼女が目に入った。
昨日の出来事はやっぱり現実だったらしい。
「あー、神様? 約束通り来ましたよ」
俺は神様の近くに屈んで声を掛けた。
「んっ…うぅー」
かわいいな。
こうして眠そうに丸まっていると本当にただの幼女だ。
「なんじゃ…ぬしか」
神様は少し起き上がって俺を確認すると、また眠りの態勢に入った。
「おい、寝るなよ! お前が来いって言ったから来たんだぞ!」
こいつ、ここに来るのにどんだけ階段上ったと思ってんだ。
俺は幼女の体をくすぐって叩き起こすことにした。
「なぁあははははっ。やめっ…やめんか! たわけ者っ! なぁはははっ」
なんか楽しくなってきたな。
ほれほれ、俺の苦労も知らず無視した罰じゃよ。
幼女は庇護欲を誘うと同時にいじめたくなる存在である。
つまり、無防備に眠る幼女を前にくすぐりをやめることなどできるわけがない。
「こ、このっ…なぁはっ! やめんか、たわけっ!」
「うぎゃああああ」
怒った神様は俺の腕を念動力でねじ切ろうとしていた。
「ご、ごめんなさい! 調子に乗り過ぎました、俺が悪かったです!」
さすがにヤバいと感じた俺は必死に懇願した。
どうせ片腕を失うなら、どこぞの海賊みたいに凶暴な魚から少年を守って失いたい!
「寝込みを襲い、女子の体をまさぐるとは。とんだたわけじゃな、お主は!」
神様はプイっとそっぽ向いてしまった。
はだけた前襟をぎゅっと引きこんで身を縮めている。
「確かにちょっとやり過ぎました。ごめんなさい。でも悪いのは神様じゃないですか。こんなところに呼び出しておいて寝こけてるから」
「なんじゃと?」
おっとごめんなさい。
「まあ良い。それにしてもちゃんと来るとは見上げたものよのぉ? その殊勝な心掛けに免じて先のことは許してやろう」
いまさら神様っぽく偉そうにされても全く威厳を感じず、幼女が神様ごっこをしているようにしか見えなかった。
「誰が幼女じゃ! 妾はれっきとした神じゃ!」
俺は拗ねた神様を無視して神社の掃除を始めた。
***
「のうのう、お主よ。妾の祟りが怖くて来たのかぁ? 愛い奴よのぉ」
そう言って雑草をむしってる俺の周りを神様はふわふわと浮かびながら笑っている。
「あのぉ、夏休みに神社の掃除なんかさせられて、ただでさえイラついてるので黙っててもらえますかね」
本当にこいつは、心底人のことを舐めた態度をとってくるな。
俺は黙々と雑草を引き抜き、持ってきたゴミ袋に詰めていた。
「お主。その夏休みとはなんじゃ?」
「長い休みのことですよ」
俺は落ち葉を掃きながら答えた。
「お主は普段何をしておるんじゃ?」
「特に何も」
俺は社を雑巾で拭きながら答えた。
「のう、お主の好きなことはなんじゃ?」
「……」
俺は掃除道具を片付け始めた。
「うぅ…ふぐっ…うぅん」
「え?」
な、泣いてる…。
なんで?
「だ、だってお主っ! もう少しくらい構ってくれてもよかろうがっ!」
ズビズビと鼻をすすりながら、俺の服を掴んで言ってきた。
そういえばこの神様が幼女なことを忘れていた。
「構ってって言われても、俺は祟られたくないからここの掃除をしに来ただけで、早く帰りたいんですけど――」
「うぐっ…なんでっ! お主はそういうことをっ!」
また泣いてしまった。
「ああ、もう泣かないでくださいよ。わかりました、もう少しだけここにいますから」
「ま、まことか?」
神様は涙目で上目遣いをしてきた。
「…はい」
さすがにこれは断れない。
「ならば、川に行くぞ!」
「か、川ですか? なんでまた急に」
「童が山に来たのじゃ。川で遊ばんでどうする」
理屈がさっぱりわからないが、なんか元気になってるしまあいいか。
「わかりました、でもこの山に川ってあるんですか?」
「当たり前じゃ。妾が信用できぬのか?」
「はい」
「ぬぅう……」
こうして俺と神様は川に向かうことになった。
***
「おお、本当に川だ」
神様に連れられて山をしばらく歩くとそこそこ大きな川が見えた。
川の底が見えるくらいに透き通っていて、何匹か魚の影も見えた。
「どうじゃ! すごいじゃろ!」
なんで神様が自慢げななんだ。
神様ははしゃいで、さっそく川に入っていった。
「そんなことしたら、濡れちゃいますよ!」
「安心せい! 神の御業で濡れんようになっておる」
そういって神様はバシャバシャと水をはねさせた。
よく見ると、神様の周りだけ水位が下がっていて服が濡れないようになっていた。
すげえ。
「お主もはよ来ぬか。冷たくて気持ちがいいぞよ?」
「はいはい」
俺も川に入って神様と一緒に遊ぶことにした。
「おおー」
水はひざ下くらいまでしかなく、程よく冷たくて、とても気持ちがよかった。
「ほれっ」
「うわぁ」
神様が俺に水をかけてきた。
やりやがったなこいつ。
負けじと俺も水をかけた。
「ほれ、ほれ、どこを狙っておるのじゃ。あぶっ」
俺の水がかかりそうにると、神様は宙に浮かび逃げ出した。
「ちょっと、それは卑怯でしょ!」
「なぁははは。妾は神様じゃからな! お主のような童に負けるわけにはいかぬのよ」
――バシャッ
「あっ」
突然跳ね上がった魚の水が神様にかかった。
「ぶふっ」
「お主、今笑ったじゃろ?」
「いえ、笑ってませんよ」
「……」
「……」
「うああああ!」
神様は叫びながら俺に水をかけてきた。
「ちょっとぉ、八つ当たりしないでくださいよー」
***
「あ、魚! えいっ」
足元に魚の影が見えたので捕まえようとしたのだが、さすがに手では難しい。
「なぁはははは。お主もまだまだじゃのぉ。ほれ、見ておれ」
そう言って神様がパンっと手を一回叩くと、どこからともなく魚が集まってきた。
「す、すげえ。…ん?」
なんだか神様の足元にやけに魚が集まっている気がするのは気のせいだろうか。
「ほれ、ほれ! 大漁じゃあ!」
神様は気づいていないのか、ずっとはしゃいでいる。
「あの、神様。なんか集まり過ぎてません?」
「これぞ、神の御業じゃあ! お主もはよ捕まえぬか」
いや、捕まえるってこれはちょっと多すぎ。
俺が神様を止めに行こうとした瞬間だった。
――ドバァァァァ
水面が盛り上がり、集まっていた魚が勢いよく飛び跳ねた。
足を滑らせた俺の視界が一回転した。
「うわぁあああああ」
気づけば俺は全身びしょ濡れになっていた。
「神様、大丈夫ですか――」
神様は宙に浮かんで水を避けていた。
「なんじゃ? その目は」
「さすが、神の御業はすごいなーと思いまして」
「ふむ、そうか。しかし、今日は晩御飯に困りそうにないのぉ! お主も母君も喜ぶじゃろうて」
そういってピチピチ跳ねる魚を手に、神様は笑っていた。
***
俺は服を濡らしたまま神様からもらった魚を担いで、家に帰った。
「……新、なにこれ」
「あー…川でとってきた」
三日間、食卓には魚が並び続けた。




