第9話 学園生活―― 1
王国内の全ての貴族子弟は15歳の誕生日を迎えると、各領内の学園に入学することが義務付けられている。
そこで三年間、学問だけでなく、貴族としての立ち居振る舞いまで叩き込まれる。
この義務は成り上がりの新貴族にも例外なく適用される。
つまり、30歳だろうが40歳だろうが、貴族になった者は必ず入学しなければならない。
もっともそのようなケースは滅多に無く、せいぜい数年に一人程度。
そして、その滅多に無いケースに俺は当てはまってしまった。
21歳のこの俺が、今から15歳と一緒に机を並べるとかマジでキツイ。
一人だけ中途半端に年上。
おっさんとかだったら年上すぎて逆に放っておかれるだろうが、俺くらいの年齢は悪い意味で丁度いい。いじりやすい。
爵位も無ければ、魔力も無い。
この年代のガキどもなんて倫理観がバグってるし、どうぞイジメて下さいと言ってるようなものだ。
「いや、冗談抜きに領都は酷いですよ」
明日のお迎えの前に、ルーディに愚痴っていると激しく同意してもらった。
「特に貴族はエグイです。自分が成り上がる為に、常に足を引っ張ろうとしてきます。本当に何を考えてるか分かりませんから」
「だよな……。昨日からずっとお腹が痛いよ」
「その中でも取り巻きは本当にヤバいです。ボスに気に入られようと必死ですから。大物には目をつけられないよう、本気で注意してください」
「大物……。ヒルデガルドか?」
ヒルデガルドは別に悪い奴じゃない。
というかむしろ、あの年齢にしては有り得ないほど、公明正大で立派だと思う。
彼女のおかげで、この森もゲットできたわけだし。
「彼女を頂点にしたカースト制度が出来上がってるでしょうね。その他にも伯爵とか爵位の高い家柄の生徒たちには極力近づかない方が身のためです」
「ああ、マジで気をつけるよ……。じゃ、ここの管理は宜しく頼んだぞ。たまに様子を見に来るから」
「お任せください! ご期待に添えられるよう頑張ります!」
ルーディの眼鏡の奥の黒い瞳はキラキラと輝いていた。
いや、あんまり頑張ってもらっても困るけどね?
◆◆◆
学園は、領都ザイデルの中心から外れた閑静な場所にある。
都会の喧騒から隔離され、そこだけが浮世離れしたような、他とは明らかに違う空気感に包まれていた。
迎えの馬車から降りて、俺は荷物を抱え男子寮へと歩いていく。
石畳を一歩一歩、踏みしめる度に心が重く沈んでいく。
無意識にため息がこぼれる。
すると。
「トロトロ歩いてんじゃねーよ! 邪魔なんだよ!!」
前方から怒鳴り声が聞こえてきた。
顔を向けた先には、一人の男子が複数の男に絡まれている。
「ご、ごめん。ちょっと考え事をしていて」
「うるせぇ!」
バキッ。
黒髪の男に問答無用で殴られていた。
その男子は弾き飛ばされ、地面を転がる。
「さ、リーヴェス様。行きましょう」
「うん。こんなゴミに触れさせてしまって悪かったね」
「とんでもないです! ゴミを片付けるのが俺たちの仕事なので」
……は?
何だこれ。
俺は殴られた男子の元へ向かう。
「おい、大丈夫か?」
「あ、ああ。大丈夫だよ。ありがとう」
手を引いて起こしてやると、その顔面の左側がじわじわと赤く腫れあがり始めていた。
「早く冷やさないと。ここらへんに水道はあるか?」
「大丈夫だから! 本当にありがとう!」
そう言うと頬を押さえて寮に向かって駆けていった。
俺はオルディナに問いかける。
「リーヴェスとかいうのが、あいつらのボスっぽいな。何か分かる?」
『この学園の在校生にその名前はありません。恐らく、あなたと同じ新入生でしょう。ただ、その名前で今年15歳になる公爵領の貴族男子はおりません』
「え? つまり、どういうこと?」
『他領からの留学。もしくは越境入学。確認しますのでお待ちください』
あの殴ったのが、いわゆる取り巻きって奴か。
あんなのがまかり通るのかよ。
『お待たせいたしました。ザイデル公爵領の東に位置するアンスヘルム公爵の嫡男と思われます』
「うげ……。よりによって公爵かよ。めんどくさそうだな……」
◆◆◆
学園寮では食事が無償で提供されていた。
朝昼晩に食堂がバイキング形式で開放されるのだ。
フンバー村の酒場とかで提供される料理より質は良いが、逆に上品すぎて俺の口にはあまり合わない。
味は濃ければ濃いほど良いということが、お貴族様には理解できないのかもしれない。
俺は毎回食堂のオープンと同時に駆け込み、五分くらいで飯をかきこみ、速攻で部屋に戻っていた。
触らぬ神に祟りなし。
極力誰とも接触せずに済ませる。
そして、ひたすらアニメに溺れる。
マジで飯を食いに行くときしか部屋を出ることが無いまま、入学式を迎えた。
入学式ではヒルデガルドが新入生を代表して挨拶していた。
何か立派なことを言ってた気がするが、眠かったので殆ど頭に入ってこなかった。
式が終わると、教室へ移動する。
一学年一クラスで、毎年30人前後が入学するようだ。
オルディナによると、俺みたいに爵位の無い奴もそこそこいるらしい。
黒板に貼られた座席表を確認し、自分の席へ向かう。
その隣では入寮の日に殴られていたあの少年が、静かに本を開いていた。
「お、隣はこの前の君か。顔の方は平気か?」
声をかけると、少年は顔を上げた。
「え……? ああ、あの時の。ありがとう。まあ、何とかね」
そうは言うものの、頬にはまだ少し痛々しい腫れが残っていた。
「俺はシンタロウ・タムラ。そっちは?」
「変わった名前だね。俺はエラード・ゲーリンク。よろしく」
なんだかこいつには俺と同じモブ臭を感じる。
友達になれそう。
そんなことを思っていると、教室がざわつき始める。
「僕の席はどこかな?」
「リーヴェス様、こちらです!」
ああ、この鬱陶しい奴らも必然的に一緒になるんだな……。
一気に気が滅入ってくる。
しかし、女子どもはこいつを見て、アイドルでも現れたかのように頬を染めてひそひそと囁き合っている。
確かに背も高いし金髪でイケメンなのは認めざるを得ない。
そして、もう一度教室がざわめく。
今度は男どもの「おお」という歓声。
入口を見やると、ヒルデガルドがお供を二人連れて、優雅に入ってくる。
「おはよう、ヒルデガルド」
リーヴェスが公爵令嬢に向かって手を振りながら、声を掛ける。
「おはよう」
しかし、公爵令嬢はリーヴェスの方を全く見向きもせず、素っ気なく声だけ返すと真っ直ぐ歩いてくる。
真っ直ぐ歩いてくる。
俺の元に。
え……?
なに?
「おはよう、シンタロウ」
「お、おはようございます。ヒルデガルド様」
「ヒルダでいい。同級生なのだから敬語も不要だ。これから三年間、宜しく頼むぞ」
そう言うと、ニッコリ微笑む。
「は、はい。宜しくお願いします」
まるで時が止まったかのように、教室が微妙な空気に包まれていく。
思わず斜め前方に目を向けると、リーヴェスが鬼のような形相で俺を睨みつけていた。




