第7話 俺だけの理想郷―― 2
森での作業を始めて、五日が経った。
「はぁ……はぁ……」
今日も三台。
俺は手の震えを必死に抑えて、パネルを閉じた。
『お疲れ様です、シンタロウ様。本日の作業はここまでですね』
「……ああ」
細かい配線をピンセットで扱い続けた指先は、もう感覚がない。
ある意味、あのブラック企業で働いていた頃より、精神が消耗している。
だが、あの頃は「理不尽」に疲れていた。
今は「集中力」に疲れている。
どちらがマシかなんて言うまでもない。
動き始めたロボットたちは想像以上に有能だった。
既に大穴の奥の工場跡地から使えそうな道具や資材の運び出しは完了済み。
木々を倒して道をつくり、余った木材は家や倉庫用に加工する。
太陽光パネルや上下水道の整備にも着手し始めていた。
稼働するロボットの数が増えていく度に、指数関数的に作業のスピードが上がっているのが目に見えて分かる。
しかも俺が修理してやったということもあって、何だかこいつらが可愛く見えてきた。
「ああ、疲れた……。じゃ後は任せたぞ、お前たち。また明日な!」
不眠不休で稼働するロボットたちに挨拶し、帰り支度を始める。
すると、森の入口の方からガラガラと馬車が近づいてくる気配がした。
「おーい! 兄ちゃん! いや、騎士様!」
現れたのは、フンバー村で色々面倒を見てくれてる鉱夫のおっさんだった。
「ゲレオンさん、どうしたんですか?」
「いや、近くまで来たもんだからよ、何か手伝えることがねぇかって――な、なんだ、あれ!?」
ゲレオンは驚愕の表情を浮かべて、前方を見やる。
確認するまでもなく、ロボットたちのことだろう。
「ああ、古代遺物ですよ。この森で眠ってたので、起こしました」
「起こした!? 古代遺物はたまに見かけるが……ただのガラクタじゃねぇのか」
「使いこなせれば、人間より遥かに優秀ですよ」
「いやいや、使いこなせる奴なんて見たことねぇよ……。ひょっとして兄ちゃんに魔力が無いのは、こいつらを動かす力の代償ってことか……?」
「あ、確かにそうかもしれないですね」
適当に誤魔化すしかない。
「三千年眠ってたので、人類の進化に取り残されました」なんて言うよりは信憑性があるだろう。
「それにしても凄ぇな。たった五日でここまで開拓したのか。俺が手伝えることなんて何も無さそうだな……」
「いやいや、気持ちだけでも嬉しいですよ。何かあったらお願いします」
◆◆◆
どうせバレることだからとロボットは隠すことなく、普通に作業させていた。
その結果、当然と言えば当然だが、フンバー村から興味津々な感じで見学しに来る人達が、ちらほら現れ始めた。
「ほおお、こりゃ凄ぇもんだ」
「パパ、僕もあれ一つ欲しい」
「馬鹿! あれは騎士様だから動かせるんだ」
ひっそり静かにとは真逆の、ちょっとした注目を浴びながら、俺は仕事をしていた。
見物料を徴収したいところだが、そんなことで波風は立てたくない。
ロボットの修理は全て完了している。
後は何から何までこいつらに任せるつもりだったのに、人目があるせいで俺もサボれない……。
何かしら手を動かしてないと、白い目で見られること間違いなしだからな。
とは言え、俺が出来ることなんて殆どない。
せいぜい、切り拓いた土地を耕すことくらいだ。
俺は汗だくになりながら、鍬を振るっていた。
そのおかげで筋肉だけはついてきた気がする。
見物客が誰もいなくなったタイミングを見計らって、完成したマイホームに戻る。
見栄えよりも利便性を追求した、質素な家だ。
森では入手できないソファやベッドなどは、ロボットたちが作った精緻な家具や工芸品をフンバー村で売り払うことで入手している。
「あー今日も疲れた。オルディナ、昨日の続きから頼む」
テーブルに晩飯を並び終えると、『魔装乙女アルカナリウム』の第四話をホログラムで投影してもらう。
ゆったりと飯を食いながらアニメを見る。
休みだろうが夜だろうがお構いなしに電話をかけてくる糞上司はもういない。
誰にも邪魔されることなく、一人静かに趣味に没頭できる幸せを、飯と共に噛みしめる。
飯を食い終えて第五話をソファで観ようと立ち上がった、ちょうどその時。
ドアをトントンとノックする音が響いた。
誰だ、こんな夜中に。
俺は若干警戒しながら、玄関に向かう。
「はい、どちら様ですか?」
「兄ちゃん、夜分遅くにすまねぇ。仕事が長引いちまって」
ドアを開けると、作業着姿のままでゲレオンが真剣な表情で立っていた。
「どうぞ、とりあえず入って下さい」
「すまねぇ」
俺はお茶を用意し、ロボットが作った立派なテーブルで向かい合う。
「今日はどうしたんすか?」
「ああ、実はな。俺、鉱夫を引退しようかと思っててよ」
「え? マジすか?」
白髪交じりの短髪に筋骨隆々のその姿は、いかにも力仕事に向いている。
「つい先日もまた落盤事故があってな。さすがに次は俺も巻き込まれるかもしれねぇ」
「まぁ危険な仕事ですよね……」
「単刀直入に言う。兄ちゃん、いやシンタロウ様。俺の家族を雇ってくれねぇか?」
「え? 雇う?」
「ああ。この森はまだまだ開拓の余地がある。農耕地を広げれば、農作物で商売も出来るはずだ」
ゲレオンは真剣な眼差しで俺を見つめる。
「頼む! もちろん税は納める。息子も領都から帰ってきたんだが、あいつにゃ鉱山での力仕事はできねぇ。その代わり、頭だけはいいから、この森の資源を利活用して上手いこと商売も出来るはずだ」
「領都から戻った? 市民権をもらうのはめっちゃ大変なんですよね?」
「ああ。頭の良さを買われたんだ。ただ、貴族でもねぇし、田舎の鉱夫の息子ということで散々こき使われて寝る暇もなかったということだ」
マジか。
やっぱり領都になんて行かなくて良かった。
その程度でそんな扱いされるなら、魔力ゼロの俺に人権なんて無いだろ。
「……」
俺は一旦、頭を整理する。
ゲレオンには世話になった。
無下には断れない。
でも、これで静かに暮らせなくなるのはちょっとな……。
脳裏に、ブラック企業でこき使われていた頃の記憶が蘇る。
理不尽に怒鳴られ、夜中まで働かされ。
それでも、誰も助けてくれなかった。
――あの時、誰かが手を差し伸べてくれていたら。
ゲレオンの息子は、俺と同じなのかもしれない。
逃げ場がなくて、必死だった。
「……」
静かに暮らしたい。
でも、困ってる奴を見捨てるのは気分が悪い。
ゲレオンの家族が離れた場所に住むなら、俺の生活はそこまで変わらないはずだ。
「……分かりました。受け入れましょう」
「ありがてぇ!! 一家ともども宜しく頼む!!」
ゲレオンは感激した面持ちで、俺の両手を力強く握りしめた。




