第5話 ザイデル公爵領にて―― 4
粉々になった巨岩の反対側から、鉱夫たちがわらわらと戻ってくる。
「ヒルデガルド様! ありがとうございます!!」
「さすがヒルデガルド様! 俺たちは信じてました」
「一生、お嬢様についていきます!!」
口々にそんなことを言いながら、公爵令嬢の元へ駆け寄り、土下座して礼を述べる。
「怪我人はいるか? 手当が必要な者は手を挙げよ」
ヒルデガルドが問いかけるが、誰も手を上げない。
どうやら全員無事だったようだ。
「いないようだな。良かった」
そう言うと、ヒルデガルドは俺に向き直る。
そして左胸に手を当て、俺に向かって深々と頭を下げた。
突然の出来事に鉱夫たちはキョトンとしている。
「本当に助かった。礼を言う。無能などと言ってしまった非礼を詫びる。どうか許して欲しい」
「……いや、気にしないで下さい。やれることをやっただけですから」
俺たちの会話に、ざわめきが広がっていく。
「え?」
「どういうことだ?」
「ま、まさかこいつがやったのか!?」
「魔力がねぇのにどうやって!?」
ヒルデガルドは戻ってきた鉱夫たちに向き直ると、改めて告げる。
「わたしではなく、この男がお前たちの命の恩人だ。各々で礼を述べるがいい」
その言葉を聞くと、俺に向かって一斉に駆け寄り、俺の手を我先にと握りしめてくる。
「ほ、本当か……?」
「あ、あんたが俺たちを?」
「す、すまねぇ。さっきはとんでもねぇことをしてしまった。許してくれ」
「あんたの忠告も聞かずに、あの通路を進んでしまって」
「何とお礼を言ったらいいか。今夜、酒場に来てくれ。美味い酒を奢ってやる!」
「じゃあ、俺は明日奢る! いや明後日もだ!!」
……こんなに人から感謝されたのは初めてだ。
イジメに遭っていたさっきまでの惨めな気持ちが、嘘のように軽くなっていく。
「とりあえず無事で良かったよ。でもまだ仕事は終わってない。俺の掘ってた坑道を手伝ってくれ。あの先に鉱脈があると思うんだ」
「おう、もちろんだ!」
「行くぞ、野郎ども!!」
そう言うと我先にと、皆その道へ走っていく。
ポツンと取り残された俺の横に、奥から吹き込む風に金髪を靡かせ、ヒルデガルドがやって来た。
「どんな技を使ったのかは今度ゆっくり聞くとして」
聞かれても説明なんて出来ないけどね。
「道中での様子を監督から聞いた。お前を蹴りつけたり、石を投げつける者までいたのだろう? なぜ彼らを助けた? そんなことをしてやる義理は無かったはずだ」
「誰かを助けるのに理由がいりますか?」
子供の頃に遊んでたRPGの主人公のセリフが反射的に出てしまった。
今後の見返りを期待しての打算的な行動だったとは今さら言えない。
「ほう……。いいことを言う」
「あ、今のは勝手に口が――」
「気に入った。今回の件の褒美、期待して待つが良い」
「え……? 褒美ですか? で、では金とかはいらないので、魔力ゼロでもこの国で暮らす許可を頂ければそれで充分です!」
俺は突然降ってわいたチャンスに早口でまくし立てた。
「ふっ。それだけでは明らかに足りん。一旦、お前も作業に戻れ」
「承知しました」
いや、マジでそれだけでいいんだけど……。
変に金とか持っちゃうと悪党に狙われそうだし。
◆◆◆
この鉱山には、無数に枝分かれした坑道が迷路のように広がっており、普段は百人の鉱夫がそれぞれの道に分かれて作業している。
しかし今、その全員の力が、俺が掘り進めていた一本の道に集中していた。
――言うなれば、百倍に効率化された作業の結果。
男たちの野太い声が響く。
「うおおおおおおおおお!!!」
「きたあああああああああああああ!!!」
稲妻のように走っている白金の鉱脈が、黒い岩壁に現れた。
その筋だけ微かな燐光を帯び、幻想的な光景を描き出していた。
「凄ぇぞこれ! かなりの上物だ!!」
「落ち着けてめぇら!! 慎重な作業が必要になるぞ!!」
「新人は邪魔になるからどけ! ベテランに任せろ!!」
ここから先の採掘作業に俺みたいな素人がお呼びでないことくらいは分かる。
今回の労働はここまでということで良いのかな?
「おいおい、兄ちゃん! お前は何者だよ!?」
「落盤の予知に、鉱脈の発見だと!? 魔力もねぇのにどんな魔法だよ??」
鉱夫たちの分厚い手が、俺の肩やら背中やらをバシバシ叩いてくる。
軽く叩いてるつもりなんだろうが、鍛え抜かれたこいつらの一発一発はすげぇ重い……。
「今日は祝杯だ!」
「兄ちゃんは避難民なんだろ? 村の宿舎まで案内してやる」
「酒は吞めるよな? 吞めねぇつっても注ぎ込むがな! ガハハハハ!!」
一応、呑めるけど三千年後の酒はどんな味なんだ……?
とりあえず、寝る場所の確保は出来たっぽいから安心した。
――その晩。
めちゃくちゃ吞まされ、べろべろに泥酔したことは言うまでもない。
ただ、今までの人生で一番美味い酒だったことは覚えてる。
今まで経験した飲み会なんて、あのブラック企業に強制された時くらいだけどな。
◆◆◆
鉱山近くの村の宿舎で過ごすこと数日。
俺は衣食住を無償で提供されていた。
ヒルデガルドが褒美をくれるらしいから、それまでツケにしといて欲しいと言ったのだが、どいつもこいつも俺から金なんか受け取れないの一点張りだった。
――ずっと張りつめていたせいで、精神的な疲労はなかなか抜けない。
だが、オルディナがデータベースに保管していた千年分以上のアニメや漫画を見始めると、少しずつリラックスできるようになった。
これだけあれば、一生ネタには困らない。
一日でも早く静かな隠居生活を送らなければ。
などと考えている時に、呼び出しがかかった。
「おい、兄ちゃん! ヒルデガルド様がお呼びだ!」
褒美の件か?
マジで大金はいらないからな……。
宿舎の外に出ると、豪華な馬車の前で公爵令嬢が待ち構えていた。
前回の高級作業着ではなく、高級普段着といった装いだ。
野次馬がわらわらと湧いてくる。
「おはようございます」
「おはよう。どうだ? 避難生活から抜けて少しは落ち着いたか?」
「はい。皆さん親切にしてくれますので」
「それは良かった。では早速だが、今回のお前の働きに対する褒賞の内容を告げる」
「は、はい!」
ヒルデガルドはそこで一つ咳ばらいをした。
野次馬たちも固唾を飲んで見守っている。
「お前には領都ザイデルの市民権を付与する。住居の提供と仕事の斡旋もしよう」
その言葉に反応したのは、村人たちの方だった。
「うおおお! 凄ぇ!! やったな兄ちゃん!! 大出世だ!!」
「領都に住めるなんて羨ましすぎるぞ!!」
拍手と共に歓声が沸き起こる。
「え? 領都ですか? やっぱり沢山の人が住んでるのでしょうか?」
「そうだな。貴族や騎士たちはもちろん、裕福な商人も多いぞ」
……なんか嫌な予感がするな。
魔力ゼロの異物が紛れ込んじゃ、絶対面倒なことになりそう。
「大変ありがたいお話なのですが、俺は人混みが苦手で静かに暮らしていきたいと考えておりまして」
「ほう?」
そこで俺は鉱山に行く途中、オルディナに言われたことを思い出した。
「もし許されるなら、森の中に一軒家でも建ててそこで過ごしたいのですが……」
「森?」
ヒルデガルドは怪訝な表情を浮かべる。
「ここに来るまでの道中に見かけた森に何故か心奪われました。あそこの一部でも譲って頂ければ充分なのですが」
「開拓していない森など何の価値も無いのだが……。本当にそこで過ごしたいというのであれば、一部とは言わず全てを与えてやる」
「ほ、本当ですか! ありがとうございます!!」
「……変わった奴だな。領都ではなく田舎暮らしを希望するとは。領都の市民権は、誰もが憧れるが滅多に手に入らないものだぞ? 本当にいいのか?」
「もちろんです。俺にはそんなのもったいないです」
ヒルデガルドはそこで顎に手をやり、ふむと少し何か考える素振りを見せた。
「よし、いいだろう。ただし、価値が無いとは言え、我が領地の一部を与えるには、お前が我が公爵家の従属騎士になることが条件だ。爵位まではやれんが、それで良いか?」
え?
それも何か面倒だな……。
でも爵位が無いなら大丈夫か?
帝国との小競り合いに召集とかされたりしないか……?
とはいえ、今さら市民権の方がいいとも言いづらいしな。
どっちが正解だ?
『あの森の作業用ロボットは、今後確実にあなたのお役に立ちますよ』
俺の葛藤を見抜いたのか、オルディナの声が届いた。
「承知しました。謹んで拝命させて頂きます」
あんな人里から離れた森であれば、とりあえず静かに暮らせるだろう。
俺の人生が、ようやく始まる……はずだ。




