最終話 貴族令嬢たちとモブ
貴族社会では、暗殺は決して珍しいものではない。
この魔法世界における、一種の常識だ。
だが、だからといって許される行為ではない。
本気で実行するつもりなら、証拠は決して残してはならない。
どれほど怪しまれようとも、証拠さえなければどうにかなる――それが現実だ。
つまり、今回のデアの一件は、紛れもない重大犯罪である。
――王族に対する暗殺未遂。
公爵令嬢のなんちゃって誘拐未遂とは訳が違う。
しかも相手は、国民からの人気が極めて高い王女殿下だ。
未遂に終わったとはいえ、死罪を求める声が各所から上がっていた。
しかし結論から言えば、デアに科されたのは『終身刑』だった。
理由は三つある。
一つ目は、ジーニー自身が死罪を望まなかったこと。
二つ目は、フリードハイム家が公爵位から男爵位へ、四段階もの降爵処分を受けたこと。
そして最後の三つ目――デッドリック殿下の、王家からの除籍である。
今後、彼は王位継承権を完全に失い、辺境の公爵として、一からやり直すことになったという。
デッドリック殿下――否、元・殿下は、今回の件について「知らぬ、存じぬ」で押し通すこともできたはずだ。
それでも彼は自ら責任を引き受け、デアの助命を嘆願した。
冷徹な人物という印象が強かった元・殿下のこの行動は、多くの者に驚きをもって受け止められた。
――と、そんな感じで慌ただしい日々は過ぎ去っていった。
ジーニーは事件の後始末に加え、デッドリック元・殿下が担っていた業務の引き継ぎまで任され、以前にも増して多忙を極めていた。
放課後、例の物見塔に足を運ぶ時間すら、ほとんど取れないほどだった。
俺は多少の寂しさを抱えつつも、ようやく訪れた静かな生活を満喫していた。
アニメと漫画三昧の日々――それだけで、十分だ。
そして、季節はあっという間に巡り、三月。
すなわち、俺の一年間の留学生活も終わりを迎えた。
「じゃあ、向こうでも元気でな」
「卒業したら、宮廷で再会しよう」
マリウスとシーヴァートが、わざわざ見送りに来てくれていた。
「宮廷なんてゴメンだよ。卒業したら、今度こそ引き籠る」
「そんなの、殿下が許してくれるわけないだろ」
「というか、殿下はどうしたんだ? 忙しいとはいえ、さすがに見送りには来ると思ってたが」
シーヴァートが怪訝な表情で問いかけてくる。
「……俺なんかに構ってる余裕はないってことだろ。国にとってはいいことだ」
俺の言葉に、なぜかマリウスが少し寂しそうな顔をした。
「あんなに仲が良かったのにな。女心は移ろいやすい、か」
「まあ、殿下に会ったらよろしく言っといてくれ」
そう言って、俺はホバーカーへと乗り込む。
「じゃあ、またいつか!」
「ああ。また会おう」
車体は音もなく浮かび上がり、ゆっくりと高度を上げていく。
そして王都を離れ、その街並みは視界の向こうへと消えていった。
◆◆◆
堕落した春休みも終わり、四月。
領都ザイデルでの学園生活、その最後の一年が始まった。
俺は重い足取りで校舎へ向かっていた。
すると、背後から声を掛けられる。
「おはようございます、シンタロウ先輩」
振り返った先にいたのは、胸元の存在感がやたらと目を引く美少女だった。
「ああ、おはよう。ヘンリエッテ」
「ようやく、学園生活をご一緒できますね」
「まぁ、学年は違うけどね……」
「今日の放課後、何かご予定はありますか?」
「いや、特には」
そう答えると、ヘンリエッテは満面の笑みを浮かべた。
「良かった。では、お茶でもいかがですか? 最近、素敵なお店がオープンしたんです」
「ほう、そうなのか。では、わたしも連れていってくれ」
背中から冷気が襲い掛かってきた。
振り返って確認するまでもない。
ヒルダの声だ。
「ヒ、ヒルデガルド先輩。で、でしたら、ぜひご一緒に……」
「ああ、楽しみだ。お前は店選びのセンスがいいからな」
二人はにこやかに微笑み合う。
だが、その空気の奥に何か不穏なものを感じた。
俺は気づかれないように、そっとその場を離れ、校舎へと進む。
久しぶりの教室には、懐かしい顔ぶれが揃っていた。
「久しぶりだな、エラード! ジェイも元気にしてたか?」
「おう、久しぶり! と言っても、お前の噂はこっちまで届いてるからな。あんまり久々って感じもしねぇけど」
「なんだそれ。変な噂じゃないだろうな?」
「王女殿下と仲良くなったとかで、街の男どもが嫉妬にまみれてるぞ……」
「え? マジで……?」
大丈夫か、俺?
今日、街に出て刺されたりしないよな?
というか、ジーニーはもう俺なんか相手にしてないんだけど。
てか、王都の学園とは違う、この緩い空気感は居心地がいいな。
――ガラガラガラ。
教室の扉が開き、担任が入ってきた。
俺を勝手に王都へ留学させた張本人である。
「おーい、静かにしろ。もう最終学年だぞ。いい加減、落ち着け」
その一言で、教室はすぐに静まり返る。
「よし。それじゃあ、今日はまず留学生を紹介する」
……留学生?
「では、どうぞ。お入りください」
担任に促され、姿を現したのは――
黒髪の美少女だった。
纏う気品は、隠そうとしても隠し切れない。
「皆さん、初めまして。アルフォンジーヌ・シャウムブルクです」
そう優雅に挨拶して、一礼する。
……マジかよ。
「私の席はシンタロウの隣で良かったのよね?」
「は、はい。そちらになります」
ジーニーは口元に微笑みを浮かべながら、俺の隣へと歩いてくる。
「久しぶりね、シンタロウ。この街のことは全然分からないから、色々教えてね」
「え……? ちょっと待って。状況が全然分からないんだけど……?」
戸惑いを隠せない俺をよそに、ジーニーは何でもないことのように言ってのける。
「大変だったんだから。父上に留学を認めてもらうために、この何ヶ月か、寝る間もないくらい働いたのよ。でも、何とか全部片づけてきたわ」
「そ、そう……」
そのとき、背中にひんやりとした視線を感じた。
そっと振り返ってみると、ヒルダが鬼のような形相でジーニーを睨みつけている。
……頼むよ。
俺はただのモブなんだ。
魔法も使えないし、オルディナがいないと何も出来ない雑魚キャラなんだ。
もう勘違いとか言わないから。
こんな俺なんかを巡って、高貴な令嬢たちがバチバチに火花を散らすのは、マジでやめてくれ。
俺はただ平穏に暮らせれば、それだけでいいんだから。
◆◆◆
ヘンリエッテに案内された喫茶店で、三人はメニューを眺めていた。
「では、私はこのスター ダスト・モカでお願い」
「わたしはノーブル・カプチーノで」
「了解しました」
ヘンリエッテはそう言って、ウェイトレスを呼び止め注文を済ませる。
「で……肝心のシンタロウは、どうしたんだ?」
ヒルデガルドの問いに答えたのは、アルフォンジーヌだった。
「早速、いくつか手続きを進めてもらうので今日は来れないわ。彼はもう、ザイデル公爵の管轄下から外れるから」
「……え? どういうことですか?」
ヘンリエッテが思わず口を挟む。
「彼にはまだ伝えてないけど、私の婿として王族になってもらうの」
「そ、そんなこと、認められるわけがありません!!」
ヒルデガルドは両手でテーブルを叩きつけ、アルフォンジーヌを睨みつけた。
「落ち着きなさい。貴女にとっても、悪い話ではないわ」
「悪い話でしかありません! わたしは断じて認めません!!」
アルフォンジーヌは、大きく一度ため息を吐く。
「分かっていないわね。私が彼を婿にすると決めた以上、それを覆すことは出来ないの。彼の意思に関係なく、もう確定事項よ」
「シンタロウの意思は、どうなるのですか!?」
「彼が面倒ごとを嫌うのは、貴女も知っているでしょう? 仮に貴女と結婚したら、どうなるかしら?」
アルフォンジーヌは、静かに言葉を続ける。
「私は譲るつもりはない。まさか、王女を側室にするとでも?」
「……そ、それは……」
ヒルデガルドは、言葉に詰まった。
「だからこそ、彼を私の婿として王族にするのよ。そうすれば、側室ではなく副室として、貴女を迎え入れられる」
「……副室?」
聞き慣れない単語に、ヒルデガルドが眉をひそめる。
「ええ。王族にのみ認められた制度よ。側室と違って、公式行事にも正式な妻として参加できる。正妻の代理としてね。貴女の公爵家としての体面も保たれるでしょ?」
「私は副室でも側室でも構いませんけど。もちろん、正妻でも」
場の空気をまるで読まず、ヘンリエッテが不敵な笑みを二人に向ける。
「お前はシンタロウのことなど殆ど何も知らないだろう!?」
「ええ、今はまだ。でもこの国のカーストの頂点に君臨する先輩たちが、ここまで執着されるのですから、それ程の方ということでしょう?」
その言葉に、二人は何も言い返すことが出来なかった。
「……まあいいわ。時間はたっぷりあるから」
アルフォンジーヌはため息交じりに、そう言った。
「それぞれが納得できる着地点を、ゆっくり探りましょう。例えば、誰が最初に新婚旅行に行くのかとか、ね。私も鬼じゃないから多少は譲る用意もあるわ。とはいえ、一番大変そうなのはシンタロウの説得だから、そこはお互いの協力が必要ね」
その言葉に、二人は黙ってうなずいた。
これにて完結です。
もっと書きたいこともありましたが、十万字ちょいとキリが良いので、ここまでにしておきます。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました!




