第43話 王位継承戦(急)―― 4
テラスから立ち去っていくデアの背中を、俺は黙って見送った。
あいつの言っていたことが本心であれば、その気持ちは痛いほど分かる。
俺だって戦場になんか立ちたくねぇよ。
だが――本当にそうなのか?
あれほどの魔法を使える人間が。
魔力ゼロの俺とは、根本から違うだろ?
デアと入れ替わるように、ジーニーがこちらへ向かってくるのが見えた。
暗闇にも、だいぶ目が慣れてきたらしい。
「デアと何を話してたの? 男同士の恥ずかしい内緒話とか言ってたけど」
「いや、戦争が怖い俺たちはヘタレだよなって慰め合ってただけ」
「ほんとにそれだけ?」
「ああ。てか、そろそろ仕掛けてくるはずだから、魔法発動しておいて」
「分かったわ。って……あれ?」
「どうした?」
「魔法が発動しない……」
「え? マジ――」
その瞬間、足元が大きく揺れた。
続けざまに、もう一度――今度はさらに激しく。
バキバキと何かが砕ける音が響き、床が崩れていく。
「きゃっ!」
ジーニーの短い悲鳴。
視界が傾き、体が宙へと放り出される。
反射的にジーニーの腕を掴んだ。
「マル! ロープだ!!」
暗闇の奥から、球体のロボットが姿を現す。
射出されたロープを、俺は左手で掴み取った。
そのまま右手一本で、ジーニーを引き寄せ、抱え上げる。
宙吊りのままじゃきついだろう。
パワードスーツを着込んでいれば、この程度は楽勝だ。
マルはゆっくりと降下し、俺たちは地上へと着地した。
「大丈夫か?」
「え、ええ。大丈夫……。一瞬、心臓が止まったけど」
周囲には、テラスから崩れ落ちた床が瓦礫となって散乱していた。
「それにしても、貴方……なんでそんなに怪力なの?」
「まあ、色々と反則してるだけだよ。俺自身の力じゃない」
「そう。よく分からないから、後で詳しく教えて」
ジーニーは腑に落ちないといった表情を俺に向ける。
「了解。でもとりあえず、今やるべきことは――」
「会場に戻る、ね」
「その通り。さ、お楽しみの断罪の時間の始まりだ」
俺たちは建物に向かって歩き始める。
「あれ?」
前を歩くジーニーの髪に、見慣れぬヘアピンが刺さっている。
「どうしたの?」
「こんなのつけてたっけ?」
俺はそのヘアピンを抜き取り、ジーニーに見せた。
「……ちょっと見せて」
渡すと、ジーニーは手に取ってじっくりと観察する。
「これ……。マイナス魔鉱石で出来てる。だからさっき――」
「魔法が発動しなかったわけか」
以前、ヒルダ誘拐未遂の時に使われた、マイナス魔鉱石の手錠のことを思い出す。
「でも、こんなのいつの間につけたんだ?」
「私のじゃないわ」
そう言った直後、ジーニーはハッとした表情を見せた。
「さっきデアに髪が乱れてるからって、直してもらった」
「なるほど。その時に、こっそり仕掛けられたってことか」
俺の言葉に、ジーニーは黙ってうなずく。
「前回の偶然とは違う。今回は完全に、ジーニーも標的にしてた。これはさすがに冗談じゃ済まない。俺の命は、すでに二回狙われた。今度は――あいつの全てを賭けてもらう番だな」
◆◆◆
会場は騒然としていた。
地震の影響で、床には割れたグラスや皿が散乱し、料理も無惨に飛び散っている。
給仕たちが慌てて後片づけをしている一方で、人々の視線は一様にテラスの方へ集まっていた。
「で、殿下が見当たりません!」
「先ほど、テラスへ向かわれるのを確認しましたが……まさか……!?」
「お、おい、誰か! 至急――」
その人だかりの中に、デアの姿があった。
俺とジーニーは視線を交わし、無言でうなずくと、その輪へ近づいていく。
「どうしたんだ?」
背後から声をかけると、デアは振り返り、ほんの一瞬だけ目を見開いた。
「な……!? い、いや……先ほどの地震でテラスが崩落し、殿下も巻き込まれたのではないかと……」
「あら、私は無事よ。心配してくれてありがとう」
その声に、周囲の者たちもようやくジーニーの姿に気づき、安堵のため息が広がっていく。
「ご無事でしたか……! 本当に良かった」
「お姿が見えなかったもので、皆心配しておりました」
だが、ジーニーは彼らの声には一切反応しない。
そのままデアへ歩み寄り、静かに手を伸ばす。
その掌の上には、一つのヘアピンが載せられていた。
「貴方からの贈り物ね。これのせいで、酷い目に遭うところだったわ」
そう告げると、氷姫の異名にふさわしい、凍りつくような笑みを浮かべる。
「……さて、何のことでしょう?」
「とぼけるのもいい加減にしなさい。これは私の物じゃない。そして今日、この会場で私の髪に触れたのは――貴方だけよ」
それでもデアは、薄い笑みを崩さなかった。
さすがは貴族社会で鍛え上げられたメンタルだ。
この程度では動じないらしい。
「えっと。仮にそれが僕の物だったとして……それが一体、何だと言うのでしょう?」
「私を暗殺しようとしたわね。このマイナス魔鉱石のヘアピンを使って」
あまりにも唐突なその一言に、場の空気が凍りつく。
理解が追いつかず、呆然とした沈黙が広がり――やがて、それはざわめきへと変わっていった。
「シンタロウと私をテラスへ誘い込み、貴方の魔法で地震を起こして崩落させる。私の重力魔法が邪魔になるから、これを使った――そうでしょう?」
「失礼ですが、さすがに論理が飛躍しすぎです。確かに僕は共振波を扱えますが、先ほどの地震が僕の仕業だなどとは心外です。証拠はあるのでしょうか?」
デアの表情に、焦りは微塵も見えない。
むしろ、余裕すら感じさせる態度だった。
――しかし。
「証拠なら、あるぞ」
ざわめく人垣をかき分け、前へと進み出てきたのはシーヴァートだった。
「なに……? どういうつもりだ、シーヴァート」
「証拠ならある、と言った」
その両手には、魔力で動作するポラロイドカメラと一枚の写真があった。
「さっき、お前が物陰で魔法を発動する瞬間を撮らせてもらった」
そう言って差し出された写真には、金色に発光する、今日と同じ装いのデアの姿がはっきりと写っている。
「な……」
「残念だが、お前の行動は最初から予測できていたんだよ。トイレの入口に清掃中の立て札を置いたのも、僕たちだ」
そう――先日の「お茶会」で、俺はマリウスとシーヴァートと共に、今日の段取りを入念に打ち合わせていた。
――「デアは必ず、人目を避けて魔法を発動する。トイレの個室が最も可能性が高そうだ」
――「じゃあ、そこを使えないようにすれば、奴は焦って別の場所で発動する。その瞬間を撮ろう」
俺がテラスへ誘導されるのを確認した時点で、作戦は開始される。
そして、人目につかない物陰――その死角に潜み、決定的な瞬間を押さえる、というわけだ。
罠を張っていたのは、お前だけじゃないんだよ。
じわじわと、デアの額に汗が滲み始める。
「まだ言い逃れをするつもり? この状況で、誰が貴方の言葉に耳を貸すというのかしら」
氷のように冷え切ったジーニーの視線が、まっすぐにデアを射抜く。
デアの顔から、さっきまでの余裕が消えていた。
冷静さを失ったその目が、左右に泳ぐ。
そして、次の瞬間。
踵を返し、会場の外へ向かって全速力で駆け出した。
「無駄だよ」
俺は、即座にマルへ指示を飛ばした。
「マル。あいつを捕縛しろ」
球体から凄まじい勢いで射出された縄が空を切り裂き、走り去るデアに絡みつく。
そして悲鳴を上げる間もなく、その身体は一気に縛り上げられ、床へと引き倒されていた。




