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第4話 ザイデル公爵領にて―― 3

 ぱっくりと大きな口を開けた鉱山の内部へと俺たちは進んでいく。

 ヘルメットに装着したヘッドライトで前方は照らされているが、終わりの見えない暗闇が恐怖心を煽ってくる。


「いてっ」


 ふくらはぎに衝撃を感じて後ろを振り返ると、小汚い鉱夫がニヤニヤとした笑みを浮かべていた。

 こいつ、蹴りやがったな……。


「なんだよ」

「話しかけんなよ。無能が伝染るだろ?」


 言葉は短いが、グサッと突き刺す嫌味と軽蔑が込められていた。

 その周りの連中も、小馬鹿にした様子で囁き合っている。

 「足手まといが」「ヘマしたらぶっ殺そう」といった声が聞こえてきた。

 背中に小石をぶつけられながらも、俺は相手にせず先へ進む。


「よし、ここから先は分岐になる。各々で掘り進めろ。迷いそうになったら必ず引き返せ」


 現場監督の指示に従い、皆が散らばっていく。

 すると、オルディナの声が届いた。


『右から二番目の坑道の先に鉱脈があります。ちなみに左端には落盤の兆候があります』


 左端に目を向けると、すでに何十人もがぞろぞろ列をなしてその奥へと進んでいた。


「おい、そっちは危険だ!! 他の通路にしとけ!!」


 俺は大声を張り上げて、注意喚起をする。

 こんな奴ら助けてやる義理はないが、落盤して仕事が流れたら迷惑だ。

 俺は価値を示さなければならないんだし。


「あ? そう言って俺たちを追い出して、隙を見てこっそり一人で行くつもりか? バレバレなんだよ、クズ」

「まぁそう言うなよ。そういうセコいことやらないと生きていけないんだろうぜ」


 ヘラヘラと馬鹿にしたような視線が投げかけられる。

 誰も俺の言うことなど聞きやしないが、もう一度声を上げる。


「知らねぇぞ!! どうなっても!!」


 ちゃんと警告はしたからな。


 俺は一人でオルディナに教えられた通路を進んでいく。

 俺のことをバイ菌だとでも思ってるのか、誰もついてこない。


『鉱脈まではまだ距離があります。一人で掘り進めるのは難しいでしょう』

「逆に手柄を独り占めできるってことだろ? 頑張るしかねぇよ」


 生まれて初めての工具を使っての掘削作業。

 黙々と振るい続ける。

 こりゃ明日は全身筋肉痛だな。


 ……ズズン。


 何かが崩れる音と共に、足元がぐらつくのを感じた。


「おい、これって……」

『はい。左端が落盤しました。想定より多い人数での作業だったので、時期が早まったようです』


 俺は慌てて引き返して、様子を見に行く。

 現場に到着すると、他の道を進んでいた者たちが続々と集まってきていた。

 巨大な岩の前には、ヒルデガルドの姿も見える。

 まだ帰ってなかったのか。


「いけません、お嬢様!」

「しかし、このままでは彼らは生き埋めになる。わたしの力を使って賭けに出るしかないだろう」

「危険すぎます! お嬢様まで巻き込まれてしまう!! いますぐ救助を呼んできますのでしばしお待ちを!」

「待っている時間など無い! 目の前で助けを求める民を救えず、何が貴族か!!」


 従者らしき男は必死に巨岩の前に立ちふさがっていた。

 俺は小声でオルディナに問いかける。


「ヒルデガルドの力って何? お前のデータベース上にある?」

『強力な爆破魔法の使い手です。彼女の赤い瞳は攻撃系の魔力所持者の証です』

「爆破か……。確かにそんなことされたら、さらなる落盤を招きそうだな」


 そんなこと位、彼女も分かっているだろうが、綺麗ごとを言ってるわけじゃなく本気くさいな。

 ただ偉そうにしてるだけじゃなくて、マジで民の命も気にかけてるのか。


「お前の力で、あの岩だけ粉々にすること出来る?」

『鉱山の内部なので、衛星からのレーザー照射は難易度が上がります。もっとも爆破よりは遥かに高い確率で粉砕可能ですが』

「……確率を上げる為に、俺が何か協力できることはあるか?」

『岩の空洞となる部分をピンポイントで探して頂ければ。形状から、いくつか候補があります』

「ちなみに俺が岩の急所を見極めて、そこに力を入れたら自重で自然崩壊した、みたいな演出にすることも出来る?」

『もちろんです。実行しますか?』

「ああ、頼む」

『……あなたを馬鹿にしていた連中なのに助けるのですか?』

「助けたら、今後あいつらだけでも俺の味方になってくれるかもしれないだろ?」


 ざまぁと思ってるだけでは、一時的にスッキリするだろうが何も残らない。

 恩を売っておいて、絶対に損は無いはず。

 オルディナに捨てられても俺が生きていく為には、味方が必要だ。


 俺が巨岩の前まで進むと、周りがざわざわし始める。


「なんだ? お前の出る幕じゃない。危ないから下がってろ」


 ヒルデガルドは訝し気な視線で、俺を下がらせようとする。

 こんな国民の義務を果たせないような奴の命でも気にかけてくれるのね。


「俺に三十秒だけ時間を頂けませんか?」

「なに?」

「この岩を粉々にしてみせます。他に被害を出すことなく」

「魔力を持たないお前にそんなことが出来るわけないだろう! いいから下がれ!」

「三十秒だけお願いします。そしたら下がりますから」


 俺が真剣な眼差しを向けると、渋々ながら了承してくれた。


「いいだろう。三十秒だぞ」

「ありがとうございます」


 打音検査。

 テレビで見たことがある。

 空洞があれば「コンッ」と軽い音、密な部分は「ゴンッ」と重い音になるという。

 俺はオルディナから教えてもらった、岩肌の何か所かをハンマーで叩いていく。


 ゴン、ゴンと重い音が続く。

 軽い音を探せ。

 

 自分でも不思議なほど集中していた。


 コンッ。


「オルディナ、ここだ」

『ありがとうございます。それでは精密照射を実行します。確率はかなり上昇しましたが、それでも100%の成功は保証できません』

「おいおい、大丈夫かよ……。頼むぜ、相棒」

『全てのリソースをこの一撃に割り当てます。何かアクシデントが発生しても、その処理に対する反応が遅れますので、ご承知おきください』


 マジかよ!? そこまで全力なの??

 やっぱ止めとくか、と思った瞬間。


 ――誰の目にも見えなかっただろう。

 もちろん、俺にも見えちゃいない。


 だが、遠く宇宙から放たれたその一筋のレーザービームは、岩盤の硬い表層を突き破り、目の前に立ちふさがる巨岩を確かに貫いた。


 最初に感じたのは、掌から伝わる微かな振動だった。

 岩肌が内側から震え、指先にジリジリとした熱が染み込んでくる。

 次に、低い唸り声のような音が坑道全体に響き渡る――ゴゴゴッ、という地響きが足元を揺らす。


「うわっ、何だこれ!?」

「危ねぇ! 伏せろ!!」


 鉱夫たちの悲鳴と共に、周囲の空気が張りつめていく。


 巨岩の表面に、細かな亀裂が蜘蛛の巣のように走り始める。

 灰色の岩肌が赤熱し、膨張していくのが見えた。

 そして、空気が熱を帯び、焦げた石の臭いが充満する。


 ――バキン!


 鋭い破砕音が爆ぜ、岩の中心から粉塵の奔流が噴き上がった。

 俺の視界は白く濁り、咳き込みながら後ずさる。

 同時に、巨岩は自らの重みに耐えきれず、細かな砂粒となって崩れ落ちていく。


 粉塵がゆっくりと収まると、周りは息を呑むような静寂に包まれていた。

 振り返った先には、大きな真紅の瞳を見開いたヒルデガルドの姿があった。

 その唇は微かに震え、信じられないという表情で俺を見つめている。

 周りの鉱夫たちも、呆然と立ち尽くしていた。


 ……思ったより派手にやってくれたな、相棒。

 静かな生活が遠のいた気がするけど、気のせいだよな?

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