第39話 王女とモブの休日
「私もホバーカー……というんだっけ? あれに乗ってみたいんだけど」
十月も終わりに近づいた放課後、いつものように物見塔でだらだら時間を潰していると、ジーニーが空を見上げてそう言った。
「どこか行きたいとこでも?」
「んー……。特に無いけど。凄いスピードが出せるんでしょ? とりあえずスリルを味わってみたい」
「了解。でも時間は取れるの? 最近、週末はいつも以上に忙しいみたいじゃん」
「ほんとにそれ……。ストレスで爆発しそう。だから絶対に今度の日曜は休むって決めた」
国王復権プロジェクトが始動してから、必然的にジーニーの負荷が高まっている。
一般市民の人気が高い彼女に色々協力してもらうことで、国王人気の底上げを図っているからだ。
「やっぱ俺のせいだよな。ごめん」
「別に貴方が謝る必要はないわ。父が権力を取り戻すことがベストだってことはよく分かってるし。これから先を少し楽にする為に今しんどいってだけ」
柵に肘を乗せ、頬杖をつきながら何でもないことのように言う。
「そう言ってもらえると気が楽になるよ。とはいえ、これからが本番だけどね」
「……今度は何をさせられるのかしら。でも貴方はそれで本当にいいの?」
「ん……? いいとは?」
「父が返り咲いたら、貴方は最大の功労者になるじゃない。必然的に貴方が望まない昇爵とかの話に進んでいくわよ」
「それな……。どうやって逃げようかなってずっと考えてる」
ザイデル公爵やフォルカー先輩に上手いこと押しつけないと。
ちなみにフォルカー先輩は無事に「平和派」から離脱することに成功している。
ヒルダの力を借りて、ザイデル公爵に色々と手を回してもらったのだ。
「まぁ、昇爵うんぬんは置いておいて、貴方が今のうちに父の信頼を得ておくことは重要だけど。私がこんなに協力してるのも半分はそれが理由だし」
ジーニーは悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「じゃ、私はそろそろ行くわ。日曜、楽しみにしてるから」
そして、そのまま物見塔からふわっと飛び降りていった。
半分って何だ?
◆◆◆
異性と二人きりで外出するのは初めてだというのに、アルフォンジーヌには緊張の色が一切見えなかった。
その相手が普段から気安く接しているシンタロウというのが、その一因であることは間違いない。
また、幼少期より過度な緊張を強いられる王家の伝統行事に参加していたということで、多少のことではビクともしないメンタルが養われたというのもあるだろう。
いつもの物見塔の見晴らし台に、見慣れぬ銀色の物体が浮いている。
アルフォンジーヌが近づくとそのドアが開き、中からシンタロウが声をかけてきた。
「おはよう。とりあえず乗って」
言われるままに反対側のドアから車に乗り込む。
「それにしても、こんなに朝早くとは思ってなかったわ」
時刻はまだ朝の七時。
六時に起きてから急いで身支度を整えるのに精一杯で、朝食を摂る時間もなかった。
「ちょっと遠出になるからね。昼前には到着すると思うけど、お腹空いてるならこれでも食べてて」
そう言ってシンタロウはチョコレートを渡してきた。
「ありがとう。それで遠出ってどこまで行くつもり?」
「俺の村……というより、もう街と言った方がいいかも」
「あら。ちょっと興味があったの。楽しみだわ」
アルフォンジーヌはチョコを頬張りながら、ニッコリと微笑む。
「定期的に見回りをしとかないと、大変なことになりそうだからな……」
ホバーカーはゆっくりと宙に浮かび、前方へ加速していく。
「昨日も遅くまで仕事してたんだろ? 寝てていいよ」
「ええ。三時間位しか寝てないわ。スピードは帰りに楽しめばいいか……。では、お言葉に甘えて」
アルフォンジーヌは外の景色を興味深そうに眺めていたが、やがてシートにもたれかかり、そっと目を閉じた。
ほどなくして、静かな寝息が聞こえ始める。
その様子に、シンタロウは思わず苦笑した。
――そして、数時間後。
目を覚ましたアルフォンジーヌは、一度大きく体を伸ばしてから口を開いた。
「ふあ……。ぐっすり眠っちゃった。もうすぐ着くのかしら?」
「よっぽど疲れてたんだな。いびきが凄かったよ」
「う、嘘よ! いびきなんて!!」
シンタロウの冗談めかした言葉に、顔を真っ赤にして反論する。
「ごめん、冗談だって。てか、ほらちょうど見えてきたから」
「え?」
眼下に広がるのは、切り拓かれた森のあちこちから煙が立ちのぼる、活気に満ちた街の賑わい。
噂に聞いていたよりも、はるかに大きく、そして勢いよく発展しているようだった。
「確かにこれは村というより街の規模ね。子爵クラスの領都に匹敵するんじゃないかしら」
「マジで……?」
ホバーカーは森の一角にぽつんと佇む一軒家の上空まで進むと、ゆっくりと降下し、そのまま庭先へと着地した。
「ここが俺の家。とりあえず入ってよ」
シンタロウはドアを開けて中へ入り、リビングのソファにどかりと腰を下ろす。
一方、アルフォンジーヌは物珍しそうにあちこちへ目をやり、家具を一つずつ確かめては、「ふむふむ、なるほど」「悪くないわね」などとぶつぶつ独り言を言っている。
「さてと。お腹空いてない? 飯をたかりに行こうと思うんだけど」
「そうね。もうちょっとだけ確認させてもらってから、行きましょう」
「何をそんなに確認することがあるんだよ……」
シンタロウが小さくため息を漏らすと、アルフォンジーヌは、「将来ここに住むかもしれないのだから、手直しが必要なところは早めに把握しておかないと」
と小声で呟いた。
もちろん、その声はシンタロウには届かない。
アルフォンジーヌの入念なチェックが終わると、二人はこの街の管理者ルーディの家へと向かった。
「ルーディ!!」
ノックもせずにシンタロウは乱暴に扉を押し開ける。
アルフォンジーヌは鍵がかかっていないことに少し驚く。
「お、お帰りなさいませ!! シンタロウ様!!」
リビングで食事中だったと思しき眼鏡をかけた青年が、慌てて立ち上がる。
「相変わらずやってんな、お前は」
「も、申し訳ございません!! 僕の能力では――」
そこまで言いかけたところで、シンタロウの斜め後ろに控える黒髪の少女の存在に気づく。
そして、その瞳がみるみる大きくなっていく。
「お、王女様!? え……? いやいや、まさか??」
「いや、王女様で合ってるよ。腹減ったから何か食わせてくれ」
「はい!? 王女様に召し上がっていただく物なんて、僕の家には無いですよ!!」
「大丈夫だから。ジーニーはそんな美食家じゃないし」
「ジ、ジーニー!? いくらシンタロウ様でもさすがに無礼すぎます!!」
「いいのよ、私とシンタロウはそういう仲だから」
アルフォンジーヌが真顔でそう言うと、ルーディはフリーズする。
「なんだよ、そういう仲って……。誤解を与えるような言い方はやめてくれる?」
その言葉を聞き、ルーディの硬直は解けた。
「で、ですよね!? まさか、そんなことになっているとしたら、僕の手でシンタロウ様の息の根を止めなければならなくなるところでした……」
「おい……」
アルフォンジーヌはその美貌で、国中の多くの男たちを虜にしていた。
ルーディもそのうちの一人だったのだろう。
しばらくして落ち着きを取り戻したルーディの手料理を、二人はおいしく頂いた。
そして、ルーディの午後の予定は全てキャンセルさせ、街の案内をさせたのだった。
街の中心部では、古代遺物と移住者たちが協力して新しい建物を建てている。
煉瓦を積むロボットの横で、人間の大工が木材を削り、互いに作業を確認し合っている光景は、他の領地では決して見られないものだった。
ロボットたちが主導して造り上げた異質の街。
機能的でありながら、自然と見事に調和している。
ここでの生活は王都よりも遥かに自分に合いそうね、とアルフォンジーヌは密かに満足感を覚えていた。




