第38話 王位継承戦(破)―― 4
「さ、ワシのことは気にせず続けてくれ。ただのオブザーバーだからな。今日は何について議論しておる?」
ゲーアハルトは椅子にゆったりと腰掛け、周囲を見回す。
「……来年の税制方針についてです」
ヴェルンハルトは、やり辛そうに答える。
「ほう。それで、お前の考えは?」
「税収の総額は、基本的に今年と同水準を維持します。ただし、軍への入隊者を出した家庭には減税措置を講じ、その不足分を富裕層への課税で補います」
「なるほど。お前らしいな。軍事費そのものも、増額する腹積もりだな?」
「はい。削減が見込める費目については、今後精査していく予定です」
ゲーアハルトは少し考え込むように「ふむ」とつぶやき、一度うなずいてから、今度はデッドリックへと視線を向けた。
「で、お前の考えはどうなんだ?」
「僕も総額については現状維持で考えております。ただし、軍は縮小し、その分で浮いた予算を経済発展のために回します」
「……相変わらず、真逆なことばかり言いよる。落としどころを探すのが大変だな」
ゲーアハルトは、やれやれといった様子で首を振った。
その一方で、二人の王子は拭えぬ違和感を覚え始めていた。
――なんだ、これは?
突然姿を現した父に、場の主導権を完全に握られている。
口ではオブザーバーとしての参加だと言っているが、その物言いは、まるで議長そのものだ。
その後も議論は続いた。
ヴェルンハルトとデッドリックは互いに譲らず、膠着状態に陥る。
「ふむ。今日のところはここまでにしておくか。また次回、詰めていこう」
ゲーアハルトがそう言うと、会議は終了した。
結論は出なかったが、一つ確かだったのは――
何故かこの会議が現国王が未だ健在であることを示す場となった、ということだけであった。
◆◆◆
週明けの月曜日、午前。
評議会での一幕から数日が経っていた。
俺は魔法の授業中の自由時間を利用して、陛下から引き継いだ家庭菜園で、マルと一緒に農作業に励んでいた。
「ランニングをサボっている時間」と言い換えることも出来るが、とりあえず畑を広げ、イチゴ以外の栽培も始める予定である。
マルの四本の腕が、俺の数倍の速度で土を耕していく。
そんな中、陛下が農夫姿でやって来た。
以前と同じ、麦わら帽子とタオルを首に巻いた姿だ。
「どうしたんですか? 最近はかなり忙しくしているとジーニーから聞いていますが」
「ジーニー……?」
やべっ。
口が滑った。
陛下は俺を一瞬ギロリと睨みつけたが、そのまま続ける。
「お前のおかげでだいぶ忙しくはなってきたが、昔と比べればまだまだよ。農作業に勤しむ時間などいくらでも捻出できる」
「そ、そうですか。あまりご無理をなさらぬよう、お気をつけ下さい」
俺たちはしばらく並んで黙々と作業を続ける。
「で、お前の考えているプランは『国王の諮問権』だけではないのだろう? 次は何をやらせるつもりだ?」
「やらせるなんて恐れ多いです……。やって頂きたいことはありますが」
「言ってみろ。今やお前はワシのプロデューサーなのだからな」
プロデューサーって……。
推しが国王に返り咲いたら死ぬ、みたいな?
いやいや、これはお互いの利害関係の為に仕方なくだ。
「そうですね。では、今度は『権威の復活』に着手してみてはいかがでしょうか」
「権威の復活? どういうことだ?」
「伝統的な儀式や祭礼に顔を出すのです。元々、陛下はそのような場を面倒くさがって、王子たちに参加を押しつけていたと聞いております」
「あんなのは退屈の極致だからな。出なくて済むなら、それに越したことはない」
何故か陛下は自信満々に言ってのける。
「それです。そのような姿勢が、結果的に陛下の権威失墜を招いてしまったのです」
「ただの顔見世がか? ワシなんかよりジーニーの顔の方が、よっぽど需要があるだろう?」
「はぁ……。そういった考えがダメなのです。ジーニーの国民的な人気は凄いと聞いておりますが、それはその美貌を売りにした『身近なアイドル』感であって、威厳とは真逆のものなのです」
俺はため息を吐いて、続ける。
「いいですか、これは需要の問題ではないです。顔も分からない人に敬意を抱けますか? 自分たちの住む国を治めているのは誰なのか、それを知らしめねばなりません。国王としてのオーラのようなものを見せつけるのです」
俺の言葉に、陛下は少し考えこむ。
「まぁ確かにそういう考え方もあるかもしれん。でも、今さらなぁ……」
「今さらとか言ってる場合じゃないです。コツコツと地道に権威を取り戻していくしかないんです」
「ふむ……。気が乗らんが、仕方ない。やってみるか」
渋々ながら納得した陛下に対し、そのあと俺はオルディナから教わった「威厳のある立ち居振る舞い」について長々とレクチャーする。
「背筋をピンと伸ばして、視線は常に前方やや上。ゆっくりと、しかし確実に歩を進めて下さい。そして――」
「もう充分だ! 分かった、分かった」
やがて陛下は根負けしたように手を振った。
――しかしその後、家庭菜園の種が芽吹くように、国王の権威も少しずつ、だが確実に復活し始めていくのであった。




