第37話 王位継承戦(破)―― 3
王都で王位継承権を巡る争いが新たな局面を迎えようとしていた、まさにその時。
ザイデルの学園でも、別の戦いの火ぶたが切って落とされようとしていた。
「お疲れ様です、ヒルデガルド先輩」
「お疲れ様、ヘンリエッテ」
一日の授業を終え、寮へ戻ろうとしていたヒルデガルドを待ち構えていたのは、かつて親同士が勝手に決めた婚約者リーヴェスの――その妹だった。
その婚約自体は彼の不祥事によりすでに破棄されているが、お世辞にも褒められた性格をしていない兄とは違い、妹は素直で人懐っこい。
そのためヒルデガルドも、彼女に対して特にマイナスの感情は抱いていなかった。
「わたしに何か用か?」
「はい。少し二人でお話しできませんか? 確認したいことがありまして」
「確認……? いいだろう」
取り巻きの二人は一礼し、先に寮へ戻っていく。
リーヴェスのことか?
極力避けてきた相手だ。
ほとんど会話もしたことがなく、話せることなど何も思い浮かばない。
そんな思案をしていると、まったく予想外の名前を口にされた。
「あの……。シンタロウ先輩のことですが」
「シ、シンタロウ……!? な、なんだ? 何を確認したい?」
ヒルデガルドの鼓動は一瞬で加速をし始め、必死に動揺を抑えようと試みる。
「はい。兄はシンタロウ先輩のことを目の敵にしておりましたから。あれほどまでに敵対心を燃やすのであれば、きっとその理由はヒルデガルド先輩に関わることなのだろう、と推察しておりました」
「そ、そうか」
「ですので、お聞きしたいのはシンタロウ先輩との関係についてです」
「な、なぜそんなことを聞きたがる? お前には関係のない話だろう?」
ヘンリエッテは、少し照れ臭そうにはにかむ。
「それは先輩の回答次第です」
「……どういう意味だ?」
「もし、お二人の間で既に約束が交わされているようでしたら、大人しく手を引こうかと思ってますが、そうでないなら――」
「そ、そうでないなら……?」
「私はあの方に非常に興味があります。ですので、よく知る為にもっとお近づきになりたいと考えております」
ヒルデガルドに、ひやりとした戦慄が走った。
自身が王国内でも指折りの美貌と評されていることは知っているが、それを意識したことはほとんどない。
だが、目の前にいるヘンリエッテ――この一つ年下の令嬢が、男の視線を否応なく引き寄せる容姿をしていることは、本能的に理解している。
とりわけ自分にはない、その豊かな双丘。
アルフォンジーヌ王女殿下の美貌も確かに脅威ではある。
しかし心のどこかで、シンタロウのような田舎の男爵が、王女とどうこうなるはずがない――そんな甘い見通しを抱いていることも事実だ。
その意味で、ヘンリエッテは違った。
突如として現れた、あまりにも身近な脅威。
ヒルデガルドは、本能的に警戒心を強めることとなった。
「約束――念のため確認するが、それは将来を誓うという意味でいいか?」
「はい」
即答だった。
どう返すべきか、ヒルデガルドは頭をフル回転させる。
そして、一瞬のうちに導き出した結論は――
「そ、それはしているとも言えるし、していないとも言える」
「はい……? えっと……、つまり、どういうことですか?」
「半分だけしている」
「ど、どういう意味ですか?」
「そういう意味だ。では、わたしは所用を思い出したので戻る。話の続きはまたの機会に」
そう言ってヒルデガルドはそそくさとその場を後にする。
そして、シンタロウから約束の言質を取る為の作戦について早速思いを巡らせ始めていた。
「半分……。つまり、していないということで理解しました」
その場に取り残されたヘンリエッテは、満足そうに微笑んだ。
◆◆◆
国政最高評議会。
王が病に倒れた直後、王子と高位貴族たちによって組織された、国政の意思決定機関である。
国政を滞りなく運営するため、王位を争う彼らがやむを得ず、暫定的に設けたものだった。
その構成員は、王子二人と、それぞれに付き従う側近貴族。
すなわち、マリウスの父であるツヴェルガー侯爵、そしてデアの父、フリードハイム公爵である。
この四名が常任議員を務め、そこに非常勤の一名を加えた、計五名で評議会は成り立っている。
本日の会議では、非常勤議員として、ヒルデガルドの兄であるランスロートが出席していた。
ザイデル公爵家は中立を保っているため、父の代わりに息子が評議会に顔を出すということだ。
「さて、今日の議題だが、前回話した通り来年の税制方針について定めておきたい。素案はまとめてきているな?」
ヴェルンハルト第一王子がそう口を開き、会議が始まった。
「ああ、もちろん」
デッドリック第二王子がフリードハイム公爵に視線を向ける。
「では、私の方から――」
その時だった。
トントン、とドアをノックする音が響いた。
「誰だ? 今、重要な会議をしているのが分からんか?」
ヴェルンハルトが苛立ちを隠そうともせずにそう言うと、扉が開く。
「重要な会議なら、なぜワシを呼ばん」
そう言って、つかつかと部屋に入ってきたのはゲーアハルト現国王だった。
「父上。お戯れはお止めください。今は父上に構っている時間は無いのです」
「ほう。なぜだ? 重要な会議なのだろう? ワシがおらんで何を決める?」
今度はデッドリックがため息を吐きながら、それに答える。
「一体どうしたというのです? ここは遊びの場ではございません」
「国王の諮問権――知らんのか、お前たちは」
その言葉に、二人の王子はピクリと反応する。
「もちろん、知ってはおりますが何故今さら?」
「ふん。ワシもお前たちがこの国をどうしていくのか、純粋に興味があるだけよ」
そう言うと、ゲーアハルトは不敵な笑みを浮かべた。




