第36話 王位継承戦(破)―― 2
フォルカー先輩の家で、たらふくご馳走を頂いた後、寮へと戻る。
その帰り道、パンパンに膨れた腹ごなしの為に、王都を散歩しながらも頭の中は王位継承戦について考えを巡らせていた。
「オルディナ、この国の法律について色々教えてくれ」
『承知しました。何について知りたいですか?』
「そうだな、まずは『国王の権限』についてかな」
そんな感じでオルディナからのレクチャーは、夜まで続いた。
そして――
「となると、それでゴリ押ししかないか?」
『はい。良いアイデアだと思います』
◆◆◆
月曜は朝から魔法の授業となっている。
その間、俺に課せられるのはもちろんランニングだ。
とはいえ教師から監視されることもないので、俺はもっぱら国王陛下の家庭菜園作りの手伝いをすることも多い。
そして、今日も。
「おはようございます、陛下」
「おう、おはよう」
夏休みが明けたとはいえ、まだまだ外は暑い。
陛下は首にかけたタオルで汗をぬぐいながら、黙々と作業をこなしている。
そして、当たり前のように俺も手伝い始めた。
「陛下はもう表舞台に戻る気は無いのですか?」
「ははっ。もうワシの椅子は無いからな」
「ぶっちゃけ、誰が継承するんでしょうね? 陛下の希望とかあったりしますか?」
「さあ、誰になるかな。ワシの希望は、この国の繁栄が続くことだけだ」
「アルフォンジーヌ殿下は継ぐ気も無いのに、祭り上げられて大変そうですが」
俺の言葉に、陛下は一瞬表情を曇らせた。
「あいつには申し訳ないことをした。ヴェルンハルトもデッドリックも極端すぎてな。そのどちらにも相容れない貴族がどうしても出てくる」
「貴族からの支持基盤は弱いですが、平民からの人気が高い――というのが厄介ですよね」
「その通りだ。……そう言えば、お前はジーニーと仲が良いそうだな? まさか――」
「い、いえ、とんでもないです! 権力に興味のない田舎貴族なので気楽に話せるのでしょう」
俺は慌てて取り繕うが、陛下の目に鋭い光が宿っている。
お前なんかに娘をやれるか!的な。
「……まぁいい。あいつが気を許せるというだけで、お前は貴重な存在だ。これからも仲良くしてやってくれ。ただ、くれぐれも一線を超えるような真似はするなよ。絶対に」
「わ、分かってます! ご安心ください」
「本当に分かっているのか?」
そう言って、俺をジーっと見つめる。
「と、ところで陛下。話は変わりますが、『国王の諮問権』についてはどのようにお考えですか?」
「諮問権……? 名前に聞き覚えはあるが」
「そうですか。ちょっとこの国の法律について調べていたところ、興味を持ちまして。ずいぶん前から形骸化してしまってるようですけど」
陛下は無言で、俺に話の続きを促す。
「これは、国王が自らの権利として政案の内容を問いただし、説明を求めるというものになります。要するに事後報告を認めないということですね。何事も勝手に決めさせない。必ず国王のチェックが入るということです」
「ほう……。今は王子たちによって、ワシの耳に入る前にあれこれ決められているな。事後報告すら無いケースもある」
「まぁ、世の中が複雑になって、決めなければならないことが増え過ぎたことで形骸化していったのでしょうね」
「ふむ。そういうことになるな」
「どうでしょう、これを復活させては。今後は必ず報告を義務付けるのです」
「今さらそんなことを言い出しても、嫌な顔をされるだけだろう」
そう言って、陛下は鼻で笑った。
「最初は静かに見守るというスタンスで良いと思いますよ。万が一の過ちを避けるため、最終確認だけはさせてほしいという感じの謙虚な理由をつけて、決定プロセスに加わるのです」
「そんなことをして何になる? お前はワシに何をさせたいんだ?」
――ここからが本番だ。
ジーニーもフォルカー先輩も救うには、もうこれしかない。
「最終的には、陛下に王位に返り咲いてほしいのです」
「な……何を言っている!?」
「この王位継承戦で苦しんでいる人たちがたくさんいます。王女殿下もその一人です。陛下は彼らを見殺しになさるのですか?」
「……ワシに出来ることなど、もう何もない」
「ありますよ」
俺はそう言いながら、陛下の目を見据えて続ける。
「諮問権の復活はその第一歩です。陛下が少しずつでも力を取り戻していけば、陛下の元にも人が集まってきます。何だったら王女殿下の支持勢力も、陛下の元に集約すれば良いのです」
「ほ、本気で言ってるのか、お前は!?」
「もちろん本気です。俺はしがない田舎貴族ですが、少しは力になれます。陛下がやる気を取り戻せば、きっと王女殿下も喜んでくださりますよ。イチゴなんかよりもよっぽど」
陛下は苦笑いで家庭菜園を見やる。
「イチゴなんかより、か。ここまで育てるのはなかなか大変だったのだがな」
陛下はじっと何かを考え込む。
長い沈黙が続いた。
「……本当に、ワシにまだ出来ることがあるのか?」
「あります。陛下が動けば、必ず国が変わります。菜園は俺が引き継ぎますよ。陛下はこんなとこで畑を耕している場合じゃないですから」
「そうか。なら、ここはお前に任せよう。ふっ。久々に熱いものがたぎってくるな」
陛下の琥珀色の瞳に力強い光が宿り始めた。
「ワシを乗せたのはお前だ。色々と手伝ってもらうからな。覚悟しておけ」
陛下はそう言って、右手を差し出す。
「承知しました」
俺はその手を力強く握りしめた。




