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第35話 王位継承戦(破)―― 1

 あっという間に夏休みが終わった。

 俺はギリギリまでタムラの街の自宅で、アニメと漫画三昧の堕落した日々を送り、王都へはホバーカーで帰還した。

 馬車なら一週間かかる道のりだが、今回は半日もかからない。

 途中、工場跡地に立ち寄り、オルディナに教えてもらった部品をいくつか持ち帰っている。

 ホバーカーを遠隔操作するためのリモコンを、マルに作らせるのだ。

 遠くからでもら呼び出せるようになれば、利便性が格段に向上する。


 ジーニーに頼み、機体は王宮で保管してもらえることになった。

 ヒルダからよくこれに乗って俺と遠出していたということを聞かされていたらしく、彼女の休みの日にドライブに連れていく――それが条件だった。

 とは言え、王女様は多忙だ。

 そんなに乗る機会は無いと思うけど。


 そして、二学期が始まる。

 教室に向かって歩いていると、背後から声をかけられた。


「おはよう、シンタロウ」


 誰の声かはすぐに分かる。

 本来ならすぐにでも挨拶を返さなければならない。


 だがしかし。


 これは、どうなんだ……?

 人前でもタメ口で話さなければならないのか……?


 一瞬の間で、俺の頭はフルスロットルで稼働し、導き出した結論は――


「おはようございます、殿下」


 出来るだけ自然な笑顔で、そう答えて振り返ると。


 そこには、その美しい顔を般若のように変貌させた王女殿下がいた。


「はい? 何か言った? よく聞こえなかったわ」


 ……嘘だろ。

 人目があるんだけど……?

 不敬罪で通報されちゃうよ……。


 これは覚悟を決めるしかない……のか?


「い、いや……。おはよう、ジーニーって……」


 そう言うと、殿下は柔らかく微笑んだ。


「今度はちゃんと聞こえたわ。そうだ、貴方には後で言いたいことがあるの。放課後、例の場所で待ってるから」

「う、うん……」


 クラスメートたちが唖然とした表情で、俺たちのやり取りを聞いていた。

 これはすぐに噂になるんだろうな……。

 そして、『軍国派』『平和派』どちらの陣営にも、俺の存在がますます厄介なものとして認識されるのだろう。


 ――そして、放課後。


 呼び出された理由は、俺が何も告げずにザイデルの自宅に戻っていたことだった。


「どうして黙って帰ったのかしら?」

「いや、自宅だし……」

「それなら、せめて一言でも私に言う時間がなかったの?」

「い、いちいち報告する必要が……」

「必要があるから、こうして言ってるわけじゃない」

「え? ちょっと意味が……」


――そんな感じで、二度とそういうことはするなとネチネチ説教された。


 もちろん、ヒルダからも同じような内容の手紙を受け取っている。

 一応、謝罪と共に「今後はもう少し頻繁に手紙を書くと約束する」と返信し、気を鎮めてもらうことにした。


 ……自宅にくらい、自由に帰らせてくれよ。


 ◆◆◆


 週末は、フォルカー先輩の家で昼飯を共にした。

 一緒に特別授業を受けていた頃は、ぽっちゃりしていたのに、今は大分シュッとしている。

 でも、それは明らかに不健康な痩せ方だった。


「大丈夫ですか? かなりやつれてますけど」

「……大丈夫じゃないよ。で、君は王女殿下とさらに親密になったんだって?」

「いや、親密というか敬語を使うなと怒られまして」

「それが親密になったと言うんだよ……」


 そう言って、先輩は大きくため息をついた。


「はぁ。定例会で君の話題が上がるたびに胃がキリキリ締め付けられてね……。食欲も無くなってしまうんだ」

「すんません……。でも、俺はどうすれば?」

「いや、それは君が考えてよ。僕にはどうしようもないんだから」


 結局、丸投げかよ。

 俺が思いつく良い方法があれば、とっくに実践してるっつーの。


「でも先輩、そんなやつれてまで『平和派』にしがみつく必要はあるんですか?」

「僕だって脱会できるなら今すぐしたいよ。でも、父上から引き継いだんだから、続けるしかないじゃないか」

「でも、親父さんは逃げ出したじゃないですか?」

「そうだよ、だから僕がこうしてる」

「先輩も逃げればいいじゃないですか?」


 俺の言葉に、先輩はポカンと口を開けた。


「に、逃げられるわけないだろう? 何を言ってるんだ」

「いや、俺だったら逃げますけどね」

「……そりゃ、君ならそうするかもしれないけど」


 先輩は訝し気な表情を浮かべる。


「いや、先輩が逃げ出したところで、親父さんが文句を言う筋合いは無いじゃないですか。自分が逃げてるんだから」

「……そ、それはそう……なのかな?」

「逃げることで失うものってなんですか?」

「今後の宮廷内でのポジションとか、利権とか色々だよ」

「要りますか、それ?」

「え……?」

「仮に重要なポジションとかをゲットしたところで、今度はそれを守る戦いが始まるわけでしょう? 一生、気が休まらないじゃないですか」

「そ、それは……」


 先輩の顔にじわじわと動揺が広がっていく。


「王都でストレスまみれで死にそうな思いをし続けて、得られるポジションってそんなに大事ですか? 人生楽しいですか?」

「……」

「俺も疲れたって言って、地元に戻ればいいんです。親父さんが文句を言う権利なんて無いんですから」

「で、でも王都には誰かが残らないといけないし」

「じゃ、派閥を抜けて無所属になればいいじゃないですか」

「無所属……」

「そう、ザイデル公爵みたいに」


 先輩は、そこでまた大きくため息を吐いた。


「はぁ……。派閥をそんな簡単に抜けられるわけがないだろ。大きな後ろ盾が無いと、何をされるか分かったもんじゃないよ」

「後ろ盾ね」


 俺はそこで考えを巡らせる。

 ジーニーも周りから勝手に担がれて、疲弊している。


 となると、やはり――。


「分かりました。俺が何とかしますよ。だからそれまで先輩は踏ん張って下さい」

「え? 何とか? 君に出来るの?」

「まぁ少しは考えてることがあるので」


 ああ、俺はいつからこんなにお人好しになったんだ……。

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