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第34話 王女と公爵令嬢とモブ―― 2

 晩餐会から数日が経過した。


 その間、ヒルダには毎日呼び出され、お茶の相手をさせられている。

 帰り際になると必ず俺を引き止め、何か言い出しかけてはモジモジし、結局何も言わない。

 そして決まって、「何か言うことはないのか?」「女の方から、こんなことを言わせるな。お前から切り出す話だぞ?」「わたしの答えはもう決まっているのだから、安心しろ」などと、顔を真っ赤にして怒り出す。


 ……何となく、そうなんじゃないかと思うことはあるけど。

 過去に盛大な勘違いをして、やらかしたことがあるからな。

 それ以来、俺は二次元の世界に逃避している。

 もう、あんな恥ずかしい思いはごめんだ。


 そして昨日、殿下からも呼び出しを受けた。

 夏休みとは言え、相変わらず多忙な合間を縫って、俺の為に時間を作ってくれたようだ。


「どうかされましたか、殿下?」

「それ、やめてくれるかしら」


 そう言って、あからさまに不機嫌そうなため息を吐く。


「それ……とは?」

「私にはアルフォンジーヌという名前があるの。殿下はやめて。長いからジーニーでいいわ」

「い、いや、それはさすがに不敬罪にあたるかと……」

「なによ、私がいいって言ってるんだから従いなさい。それと敬語も禁止」


 その琥珀の瞳が鋭く、俺を突き刺してくる。


「む、無理です」

「……ヒルデガルドとはあんなに親しげに会話してるじゃない。貴方からしたら王女も公爵令嬢も同じレベルのはずよ」

「いや、ヒルダには敬語使ったらめっちゃ怒られまして」

「私が今、めっちゃ怒っているのが伝わってないのかしら?」


 じんわりと、背中に嫌な汗が広がっていく。


「か、勘弁してください」

「ダメ。今日は私をジーニーと呼べるようになって、敬語も止められるまでは帰さない」


 これは間違いなく本気の目をしている……。

 俺は一度深呼吸し、仕方なく覚悟を決めた。


「じゃ、ジーニー……」

「もっと自然に」

「ジーニー、お茶が冷め……るぞ」

「ぎこちないわね」


 結局、一時間近くかけて何とかタメ口で話すことに抵抗がなくなった頃、ようやく解放された。


 そんなわけで、メンタルがしんどくなってきた俺はこっそりザイデルに帰郷することにした。

 タムラ村の状況も確認しないといけないしな。


 ◆◆◆


 五日ほど馬車に揺られ、ザイデルの学園へと辿り着いた。

 目的は言うまでもなく、ホバーカーの回収である。

 久しぶりにエラードかジェイの顔でも拝めるかと思ったが、残念ながら二人とも実家に戻っていた。


 仕方なく一人でグラウンドを歩き、機体の置き場へ向かう途中、すれ違いざまに少女に呼び止められた。


「あら、見かけない顔ですね。学園の関係者の方ですか?」


 亜麻色の髪に異色の瞳(オッドアイ)

 細身だが、おっぱいが大きい。


「いや、ここの学生です。今は王都の方に留学してますが」


 俺がそう言うと、少女は驚いたのか、大きく目を見開いた。


「まぁ。では、あなたがシンタロウ・タムラ男爵ですか?」

「え……? 俺のこと知ってるんですか?」

「もちろんです。ここの学生で知らない人はいないと思いますよ。王都へ留学できる方なんて、噂になって当然ですから」

「……噂になんてなりたくないですけどね。ひょっとして、あなたは新入生ですか?」

「はい、そうです」


 そして、少女は少し申し訳なさそうな表情を浮かべ、続けた。


「ヘンリエッテ・アンスヘルムと申します」

「アンスヘルム……。え……? まさか」

「兄が多大なご迷惑をお掛けしたことを、深くお詫び申し上げます」


 そう言って、静かに一礼する。


「いや、とんでもない。俺もちょっとやり過ぎちゃったかなと思ってたし……」

「いえ、兄には良い教訓になったと思います。病弱な父が甘やかしすぎていたので、いつか痛い目に遭うと思っていました。反省して、良い方向へ向かってくれれば良いのですが……」

「もっと悪い方に向かったりして……」


 俺の言葉に、ヘンリエッテは吹き出す。


「その時は、もう一度懲らしめて下さい。私も全面的に協力いたします」

「それは心強い」


 リーヴェスを反面教師にしてきたのか、めっちゃいいコだな。


「ところで、何でわざわざザイデルの学園に越境入学してきたんですか?」

「はい。アンスヘルム家の名誉挽回の為、というのが一番大きな理由ですが――」


 そして、悪戯っぽい笑みを浮かべて続けた。


「兄をやっつけた、あなたにも興味を持ちまして。今年は留学と聞き、残念な思いをしておりましたが、今日お会いできて、とても嬉しかったです」

「はは……。魔力も持たない、ただのモブなんで興味なんて持たないで下さい」

「来年が楽しみです」

「え……?」

「もっと深くシンタロウ様のことを知ることが出来るでしょうし」

「底が浅すぎて幻滅しますよ」

「ふふっ。それはどうでしょう。――あ、すみません。長々と引き止めてしまいまして」

「いや、こちらこそ。ではまた」

「はい、また」


 ヘンリエッテと別れ、俺はホバーカーに乗り込む。

 周囲に誰もいないことを確認し、ステルス化させると上空へと飛び立つ。

 そして、真っ直ぐタムラ村へと向かっていった。


 ◆◆◆


 ホバーカーを上空で停止させ、俺は眼下を見下ろす。


「……マジかよ」


 ある程度、覚悟はしていた。

 これくらいまで発展していたら嫌だな、というラインも定めておいた。

 そして、そのラインをあっさり超えてやがった。


 宿や酒場、様々な店が整然と立ち並んでいる。

 荷馬車がひっきりなしに行き交い、何かの倉庫の扉は開いたまま閉じる暇もない。

 鍛冶場からは鉄を打つ音が響いていた。


 おい、俺の家はどこにあるんだよ……。

 方向感覚が全く掴めず、ウロウロしているとオルディナの助けが入る。


『あなたの家は、この通りを真っ直ぐ進んで、突き当りを右です』


 案内に従って先へ進むと、ようやく俺の家が見えてきた。

 約束はきちんと守られており、周囲にはほとんど何もなく、閑静なままだった。


 とりあえず、あいつをしばきに行かないと。


「ルーディ!!!」


 俺は乱暴にドアをノックする。


「シンタロウ様!? お帰りなさいませ!!」


 昼飯を食っていたルーディが、慌てて立ち上がる。


「お、おう。ただいま……って違う! 何だ、この有様は?」

「も、申し訳ございません。僕の力ではここまでが精一杯でした。ご期待に沿うことが出来ず己の力不足を恥じるばかりです」


 デジャヴか?


「いや、違うよ?」

「これだけ時間を頂きながら、人口はまだ千人を少し超えた程度にまでしか増やせておりません」

「千人……」


 もう、村どころか立派な街じゃねーか。


「観光地としても発展させたいなどと偉そうなこと言っておきながら、なかなかアイデアも浮かばず、最近ようやく東の『古代樹』をパワースポットとして売り出し始めたばかりでして」

「古代樹? そんなのあったの?」

「ええ、外観の神秘さだけでなく、その周囲の土壌は魔力が沸き出しておりまして、癒しを求める旅行者たちを呼び込んでいるところでございます」

「そうか、分かった。とりあえずこれ以上は――」

「はい、分かっております。シンタロウ様を昇爵させるためには、せめて今の倍くらいの規模にまでは――」

「やめろ! マジで止めろ!!」


 しかし、また俺の声が届かない。

 ルーディは汗だくになりながら、更にまくし立て続ける。


「――という計画でございますので、次にお帰りになる際には必ずやご期待に沿えるよう精進いたします! それでは、午後の仕事がございますので、失礼いたします」


 そして最後に、一礼すると家を出ていった。


 飯、まだ残ってるよ?

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