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第33話 王女と公爵令嬢とモブ―― 1

 7月の終わり。


 夏休みに入るや否や、ヒルデガルドは家の用事を手際よく数日で片付け、王都へ向けて出発した。


 公爵家御用達の魔道具を備えた馬車は、通常なら五日を要する道程を、わずか三日半ほどにまで縮めることが可能だ。

 表向きは、王都で活動する兄のサポートと王都視察という名目だが、実際は違う。


 もちろん、シンタロウに会いに行くためだ。

 彼が王都で留学生活を始めてから、手紙が届いたのはたったの一回だけ。

 色々と忙しいことは分かるが、もう少し自分のことも気にかけて欲しい。

 そんなモヤモヤした気持ちと、久しぶりに再会できるという胸の高鳴りで、その複雑な乙女心はぐるぐる回っていた。


 王都にある公爵家の別邸へ到着すると、兄への挨拶も早々に、ヒルデガルドは従者を使ってシンタロウを呼び出した。


 やがて部屋をノックして現れたその姿を目にした瞬間、思わず駆け寄って抱きつきたくなる衝動に駆られる。

 だが、グッと堪え、あくまで平静を装った。


「久しぶりだな、ヒルダ。元気だったか?」

「ああ、元気だ。お前も元気そうだな」


 テーブルを挟んで、ソファに座って向かい合う。

 しばらくお互いの近況や、それぞれの学園での出来事などを語り合った。


「で、ホバーカーなんだけど、こっちに持ってきていいか?」

「ふむ。どうせ、お前でなければ操作できないからな。好きにすればいい」

「ありがとう。じゃ、夏休み中に回収しに行くわ」


 そこで一旦、紅茶に口をつけてからヒルデガルドが口を開く。


「ところで、明日の晩だが……陛下がささやかな晩餐会を開催されるそうだ。もし良かったら、お前も一緒に来ないか?」

「ああ、それね……。行きたくないけど、王女殿下に必ず来るようにと言われててな……。仕方ないから参加するよ」

「王女殿下に……?」


 まさかの人物の名前を口にされ、ヒルダの胸にざわざわした何か、嫌な予感のようなものが広がり始める。


「ああ。着ていく服なんかないし、どうすりゃいいんだって感じだよ」

「べ、別にそんな着飾らなくても良いと思うぞ? 舞踏会などがあるわけではないしな」

「まぁ殿下もそう言ってたけど、貴族の普通は俺にとって全然普通じゃないからな」


 そう言ってシンタロウはため息を吐く。


 いつの間に殿下とそんなに親しくなったのだ?

 あの方は、他人にあまり心を開かないはずだ。

 詳しく聞き出したいところだが、自分以外の女と仲良くなった話など聞きたくもない。


 そんなモヤモヤした感情を抱えたまま、兄の仕事の手伝いの時間となって、その場はお開きとなった。


 ◆◆◆


 翌日の晩。


 王宮の広々とした一室で立食形式の晩餐会が開催された。

 招待されているのは、『軍国派』『平和派』どちらの派閥にも属さない少数貴族たち。

 その一人、ザイデル公爵はシャウムブルク王国で五大貴族の一角を占めているが、権力闘争を好まず、宮廷内での存在感など気にも留めていない。

 つまり、父の代理としてこの場に参加しているヒルデガルドの兄もまた、その立場を受け継いでいるのだ。


 ヒルデガルドの目には、国王陛下は以前と変わらぬ姿に映っていた。

 二年前に病に倒れ、激しい王位継承戦が始まったと聞いてはいたが、その様子からは、継承を急ぐ必要性など感じられない。

 むしろ、まだまだ自ら公務をこなしていけるのではないか――そう思わせた。


 兄に連れ回され、一通りの挨拶を終えるとようやく解放される。

 そして急いで、所在なげにしているシンタロウの元へと向かった。


「どうだ、王宮の食事は?」

「まぁまぁかな。寮の食堂よりは多少味が濃くていい」

「ふっ。料理の良し悪しは味の濃さか。お前らしい価値観だな」


 そう言いながら、ヒルデガルドはテラスの方へと誘導していく。

 目の前には、街の明かりが無数に瞬き、夜景となって広がっていた。


「……お前がわたしをホバーカーに乗せて見せてくれる景色のようだな」

「ああ。こっちも、めっちゃいい眺めだ」


 それきり、二人は言葉を交わさず、並んで夜景を眺め続ける。

 その途中でヒルデガルドは、気づかれぬよう視線を外し、夜景ではなく、そっとシンタロウの横顔を盗み見ていた。


 ……この時間が、ずっと続けばいいのに。


 そんなことを思っていると、突然背後から――


「綺麗でしょう、ここからの眺めは。王宮のおすすめスポットなの」


 凛とした透き通る声に、ヒルデガルドは思わずビクッとした。


「え、ええ。素晴らしい眺めです。思わず時間を忘れて見入っておりました」

「そう。なら良かったわ」


 アルフォンジーヌはそう言いながら、シンタロウの隣にやって来た。


「貴方の姿が見えないから、私に隠れてこっそり帰ったのかと思ったわ」

「い、いや、さすがにそんな失礼なことはしないですよ」

「どうかしらね」


 王女は悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「二人で何を話していたの?」


 ――ヒルデガルドの女の直感が働く。

 ここは、自分が主導権を握らないといけない。


「いえ、特別なことは何も。ただ、『二人で外出した時に、シンタロウが見せてくれる夜景』に似ている、とだけです。シンタロウとは『よく二人きりで遠出』しますので」


 その言葉を聞くと、アルフォンジーヌの眉根がピクリと動いた。


「あら、二人で外出するなんて、とても仲がいいのね。私もシンタロウとは『放課後、毎日二人きりで時間を過ごす』けど、多忙だから外出はなかなか出来なくて」


 今度はヒルデガルドの顔が引きつった。


「で、殿下はお忙しいでしょうからね……。『我がザイデル公爵の従属貴族であるシンタロウ』が殿下のストレス解消に一役買っているのであれば、何よりです」

「従属貴族……。そういえばそうだったわね。でも、王都へ留学できるほど優秀なのだから、『王家直属の貴族』になる日も近いんじゃないかしら」

「さすがにそれはどうでしょうか。シンタロウは出世など望んでおりませんので」


 ヒルデガルドはそう言って、シンタロウを挟んでアルフォンジーヌに笑顔を見せる。

 アルフォンジーヌもまた、笑顔で返す。


「知ってるわ。シンタロウは静かな生活を送りたいだけ。でも、現実としてそれはなかなか難しい」


 お互いに張り付いたような笑顔のまま、しばらく見つめ合う。

 氷のような火花が弾けていた。


 その場の雰囲気に不穏な何かを察知したシンタロウは、二人に気づかれぬよう、そっとその場を後にしていた。

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