第31話 王位継承戦(序)―― 3
研究所跡地の入口。
俺はその暗闇を覗き込む。
「さてと、無駄足になって元々の気分で行ってみるか」
内部は真っ暗で、奥がどうなっているのか全く見えない。
俺はリュックの中を漁って、懐中電灯を取り出す。
スイッチを入れ、前方を照らしながら、朽ちた通路へと足を踏み入れた。
金属の床は錆びつき、壁には亀裂が走っている。
天井からは水滴が垂れ、足元には苔が生えていた。
オルディナの指示に従って先へ進んでいくと、目の前には閉ざされた扉。
「マル、この鍵を開けてくれ。てか見えないから透明モードも解除」
俺の言葉にマルは空中に白い姿を現し、腕を一本展開させた。
そして、鍵の辺りをカチャカチャいじり始める。
『マルも発光させたらどうですか? 暗いと捜索も捗らないでしょう』
「え……? あいつ光るの? おい、マル。点灯してみて」
すぐにマルはその球体を光り輝かせる。
「うおっ。眩しい」
暗闇が突然明るくなり、思わず目を瞑る。
そして、ガチャリという音が響くと、扉が左右に開いた。
中へ入ると、そこは倉庫のような感じだった。
机や椅子の他に、いくつかの箱が無造作に転がっている。
箱にはマジックでそれぞれS、M、Lなどのアルファベットが書かれており、中にはウエットスーツみたいなものが乱雑に放り込まれている。
「なんだこれ?」
『パワードスーツです。超耐候性ナノ素材をベースに――』
オルディナの解説が始まったが、何を言ってるのか全く分からない。
「要するにこれを着るとパワーアップ出来るわけだな」
『はい。筋力が10倍程度に強化されます』
「10倍……! イメージが湧かんな」
『分かりやすく言えば、打撃力はゴリラ、物を持ち上げる力は小型のゾウに匹敵し、走行速度はチーターを凌駕するでしょう』
「……つまり、無敵ってことか?」
『魔法との単純比較は出来ません』
まぁいい。
俺は各サイズをそれぞれ何枚かマルに収納させ、自分でも試着してみる為に服を脱ぐ。
そして、全裸になったところで――
「きゃああああああああああ」
背後から、叫び声が聞こえた。
振り向くと、そこには王女殿下がいた。
「で、殿下!? 何故ここに??」
「きゃあああああああああ」
再び絶叫。
マルの照らす光の下で、大事な部分を見せつけてしまった。
「い、いいから早く服を着なさい!」
「も、申し訳ございません! 粗末なものを見せてしまい――」
俺は急いでパワードスーツを着込む。
思ったよりすんなりと、体がその中へ収まっていく。
その上から元の服を重ね着する。
「お待たせしました、殿下!」
「あ、貴方、私に何というものを見せたか分かってるの……」
殿下は胸を押さえ、ぜえぜえと荒い息を吐いていた。
そして、少し落ち着いたのか続ける。
「ここで、何をしていたの?」
「えっと、古代遺物を発見したので、ちょっと試着を――」
言いかけたところで、足元がグラっと大きく揺れた。
ズズズン!!!
そして、遠くで何かが崩落したような轟音が響いた。
「地震……ですかね?」
「そのようね」
「音が聞こえたの、入口の方ですよね……。何か嫌な予感がする。ちょっと見てきます!」
「あ、ちょっと! 私も行くわ!」
パワードスーツを着込んだ体は、めっちゃ軽く感じる。
着た瞬間に、効果が発動されるの?
『筋電センサーにより、自動で制御されています』
オルディナが阿吽の呼吸で説明してくれた。
俺たちは急いで来た道を引き返し、入口まで戻る。
だが、そこはすでに行き止まりだった。
完全に、土砂で塞がれている。
「マジかよ……」
巨岩ではなく、土砂だ。
鉱山の時のように、オルディナのレーザービームに頼るわけにはいかないだろう。
「あら、閉じ込められちゃったわね」
殿下が他人事のように口を開く。
「救助を待ってても意味は無さそうですね……。俺たちがここにいるなんて誰も知らないだろうし」
「シーヴァートは貴方がここに入っていくのを見てたわよ」
「え……? 見てた?」
「ええ。貴方が入っていくのを確認すると、用事でも思い出したのか急いで引き返していったけど」
シーヴァート。
『平和派』だな。
フォルカー先輩が気をつけろと言ってたのは、これか?
「なるほどね……。まさか、ここまでやるとは。悪戯じゃ済まないだろ」
オルディナの以前の警告を思い出す。
――王都の貴族間では毒殺や暗殺、事故に見せかけた不審死が日常茶飯事です。あなたは、それを他人事だと思っていませんか?
「ああ、俺は完全に甘く見過ぎていた。『平和派』の連中で、こんなことができそうなのは――」
俺の言葉に、オルディナが反応する。
『デア・フリードハイム。共振波の魔法を使用します。つまり、地震などを意図的に引き起こせます』
あいつか。
あんなに人当たりがいいのに、これかよ。
マジで貴族の世界は信用できねぇ。
「はぁ……。ま、パワードスーツの性能確認と割り切るしかないな。おい、マル。手伝え」
俺は行く手を阻む土砂に向かって歩き出す。
「え……? 何をする気?」
「これを撤去して、道を作ります」
「これを一人で? 無茶よ。待ってれば救助が来るから、大人しくしてなさい」
「来ませんよ」
俺は即答する。
「あいつらの罠に、俺はまんまと引っかかった。まさか、殿下が巻き込まれてるとも知らずに」
「あいつら?」
「平和派の連中です。俺は事前に警告してもらってたのに浅はかでした」
「まさか……」
殿下の表情が青ざめていく。
「大丈夫です。俺が何とかしますから」
俺はマルと共に作業を開始する。
ゴリラ並の腕力は土砂を紙粘土のように、ちぎり捨てることが出来た。
殿下も側にやって来て、手伝おうとしてくる。
「あ、殿下はちょっと離れたところで休んでてください。俺たちだけでやった方が気を遣わないで済むから、効率が良いです」
「で、でも」
「いいから、任せて下さい」
そう言うと、殿下は渋々その場を離れる。
俺はマルと共に黙々と作業を続けていく。
「ねぇ……。どうして最近、物見塔に来なくなったの?」
俺たちの作業を眺めながら、殿下が問いかける。
「ああ。あんまり殿下と仲良くするなって警告されまして。王位継承権争いに何か影響でもあるんですかね?」
「なにそれ。くだらない……」
「ええ、マジでくだらないです。だから貴族は嫌なんですよ」
「……本当に嫌な世界」
殿下は心の底からうんざりしたように、ポツリと呟いた。
「……もう、いいんじゃない?」
「いい、とは?」
「もうここで終わりにしても。……こんな面倒な世界、生きていくのが大変すぎるでしょ? 私はもう疲れたわ」
「それはダメです」
「なぜ? 貴方だって毎日辛くてしんどいでしょう? 楽になれるのよ?」
「まぁ、俺は別にどうなってもいいですけど、殿下はダメです」
「何でよ?」
俺は作業の手を止め、殿下を振り返る。
「だって、陛下の作ってるイチゴ、まだ食べてないじゃないですか。そろそろ、実がなりますよ?」
「そ、そんな小さいことで……!」
「その小さい幸せを少しずつ集めていけば、いつか幸せになれますよ」
根拠はない。
でも、殿下の心には少しは響いたようだ。
体育座りしている、その両膝に顔を埋め、嗚咽を堪えているように見えた。
俺とマルは作業に戻る。
土砂をちぎっては捨て、掘っては投げ捨てていく。
マルは捨てられた土砂を黙々と片付ける。
さすがに汗が全身を濡らし、少しずつ腕は痺れてくる。
それでも、俺は手を止めなかった。
そして――
何時間経っただろうか。
光が射し込んできた。
太陽の光ではない。
夜空に瞬く、星々の光だった。




