第30話 王位継承戦(序)―― 2
七月。
ヒルダから手紙が届いた。
内容は取り留めのない――というか、特に変わったこともないから安心しろ、夏休みになったら遊びに行くという類のものだった。
ただ、最後の方に「お前からも手紙を書いて欲しい」とでも言うように、やんわりと催促が添えてあった。
そして、もう一通。
フォルカー先輩からも。
こちらは普段温厚な先輩にしては珍しく少しお怒りの様子で、「王女殿下には近づくな。大人しくしてろ」といった内容から始まり、その後は「毎日胃が痛い。しんどい」との愚痴が長々と続き、「今度の課外授業では『平和派』の動きに警戒しろ。ザイデルとは違うことを忘れるな」という警告が結びの言葉として締められていた。
ここ王都の学園での課外授業も、ザイデルと同じように目的地は古代遺跡だ。
この世界での定番なのかもしれない。
前回はホバーカーとマルを入手できた実り多いイベントだったが、今回も有益な古代遺物が見つかるだろうか。
俺は先輩の忠告を真面目に受け止め、しばらく物見塔へは近づかないことにした。
一日の疲れを癒せる貴重なスポットだったけど仕方あるまい。
そして、課外授業の当日。
十台の馬車が列をなして、王都を出発する。
目的地まではそれほど遠くなく、二時間程度で到着するとのことだ。
マリウスが俺を同じ馬車の中へ連れ込む。
まぁ別にいいんだけど。
変に勧誘とかしてこないし、普通に話してる分には楽しい奴だ。
「最近、王女殿下とあまり話をしていないのではないか?」
前置きもなしに、単刀直入に聞いてきやがる。
「ああ、まぁ……。何と言うか、今まで立場の違いというものに対する意識が欠けてたというか」
『平和派』からの警告があったとは言いづらい。
俺と繋がってるとバレたら、先輩の立場が危うくなるだろう。
「そうか。あんなに楽しそうにお話される殿下は見たことがなかったのでな。寂しがっているのではないか?」
どこで見てたんだよ。
放課後、物見塔でしか会話してないんだけど。
遠くから望遠鏡でも使って監視してるのか?
「いや、そんなことはないだろ。元々、お一人で静かに過ごされることが好きみたいだし」
「ふむ。それなら良いのだが……。まぁ、殿下も色々と気苦労が多いだろう。君も良き相談相手となってくれ。俺たちには心を開いてくれないお方なのでな」
そう言うとマリウスは寂しそうに窓の外に視線を向けた。
◆◆◆
「本当にやるのか?」
シーヴァート・ヘーゲリヒは馬車に同乗するデアに問いかける。
「ああ。今日やらずして、いつやるんだい? こんなチャンスはもう巡ってこないぞ」
「でも、最近は殿下とも少し距離を置いてるだろう? さすがにやり過ぎじゃないか?」
「甘いよ、シーヴァート。危険な芽は早めに摘み取るに限る。育ってからじゃ遅いんだ。そんなことでは、宮廷政治を生き残れないぞ」
「そうは言ってもだな……」
シーヴァートは困惑の色を隠せない。
「僕の能力を最大限に活かせる最高の舞台だ。事前準備も全て整っている。君はシナリオ通り、誘導するだけでいい」
「……」
なおも煮え切らない態度に、デアは少し苛立ちを見せる。
「次の定例会は週末だ。デッドリック殿下への最高の土産にするんだ。君のせいで上手くいきませんでした、なんてなったらどうなるか分かるよな?」
「そ、それは……」
シーヴァートの脳裏に、第二王子の氷のような視線がよぎる。
自分だけではなく、家族も処分されるかもしれない。
「大丈夫だ。僕に任せろ。絶対にバレることはない」
◆◆◆
古代遺跡に到着した。
ザイデルの時と同様、金属と自然が融合した風景。
無数の光る何かの基板の破片とかが、湿った苔に埋もれながら風に晒されている。
『前回の工場とは違って、ここは研究所の跡地ですね』
オルディナの声が届いた。
「へぇ。何の研究してたんだ?」
『化学メーカーの素材開発です』
全ての馬車が到着すると全員が集められ、注意事項の説明が始まった。
古代遺物には無闇に手を触れるな、地盤の脆い場所があるから気をつけろ――そんな一通りの説明が終わると、自由時間になった。
『平和派』の連中たちも集まって、何やら会話している。
「おい、どこ行こうか?」
「向こうの丘の先は、ゴミみたいな古代遺物がたくさん転がってるとか兄上が言ってたな」
「ゴミ? だったらいいや。反対側行こうぜ」
分かってないな。
ゴミの中にこそ、輝く原石があるのに。
それにこいつらが反対側に行くなら、ちょうどいい。
俺はマリウスたちに見つからないように、こっそりとその場を離れ、丘の方へと向かっていく。
一人でのんびり探索したいからな。
そして、丘を越えて山肌へ近づくと、機械の残骸が点々と現れ始める。
山腹を抉るようにして、研究所跡地の入口がぽっかりと口を開けていた。
周囲の斜面は崩れかけ、土砂と岩が不安定に積み重なっている。
お宝の匂いがプンプンするぞ。
◆◆◆
アルフォンジーヌは誰もいない方向を選び、一人で歩いていた。
最近、シンタロウは物見塔に姿を見せない。
何か理由があるのだろうか。
それとも、自分との会話に飽きたのか。
そんなことを考えていると、遠くに彼の姿が見えた。
(……ついて行ってみようかしら)
先ほどの疑問への答えを聞いてみるチャンスと思い、アルフォンジーヌは彼の後を追った。
すると、少し先をシーヴァートが歩いていることに気づいた。
『平和派』の他の連中と離れて、何をしているのだろうか。
アルフォンジーヌはシンタロウの姿を見失わないように、なおかつシーヴァートにも気づかれることのないよう、気を遣いながら歩を進める。
やがてシンタロウが、何かの入口らしき場所へと入っていく。
それを確認すると、シーヴァートは踵を返し、足早に引き返していった。
その背を見送ったアルフォンジーヌは、すぐさまシンタロウの後を追い、入口の中へと駆け込んだ。
◆◆◆
「ターゲットが入っていくのを確認した」
「了解。じゃ、僕の出番だな」
息を切らして駆け戻ってきたシーヴァートの報告を聞き、デアは琥珀の瞳を細めて満足げに口元を緩めた。
そしてバトンタッチしたかのように、シーヴァートがやって来た方向へ向かって走り出し、木々の間を抜けると、研究所跡地へと向かっていく。
「残念だよ。僕の警告を無視したばっかりに。君は王都というものを少し甘く見過ぎていたようだね」
現場へ到着したデアは、岩肌へと手を添える。
すると次の瞬間、体が金色の光に包まれ、魔法発動の兆しが周囲に満ちていく。
「さよなら」
その低く響く一言と同時に、大地が軋むような音を立てた。
山肌が震え、斜面のあちこちに走った亀裂から、土砂と岩が一斉に崩れ落ちる。
耳をつんざく轟音とともに、巨大な岩塊が次々と転がり落ち、入口へとなだれ込んでいった。
デアはその光景を背に、素早くその場を離れる。
しばらくして崩落が収まると、研究所跡地の入口は土砂と岩に埋もれ、完全に塞がれていた。




