第29話 王位継承戦(序)―― 1
六月。
ツヴェルガー侯爵邸にて、「軍国派」幹部定例会が開催されていた。
二十人ほどの大物貴族に囲まれ、その中心に陣取っているのは、燃えるような赤い髪と紅蓮の瞳を持つ男。
外見こそ二十代半ばほどだが、その場の誰よりも強烈な存在感を放っている。
各自からの進捗連絡が一通り終わると、その赤髪の男が静かに口を開いた。
「それで、ツヴェルガー侯爵。今日は貴殿から報告があるとのことだったが」
「はい。では、こちらに控えますマリウスよりお伝え申し上げます」
そう言って、侯爵は隣に座る息子に視線を送る。
マリウスは緊張の面持ちで立ち上がった。
目前に座すのは――幼い頃から憧れ続けた『赤髪の英雄』、ヴェルンハルト第一王子。
頭が真っ白になりかけるのを必死に抑え、口を開く。
「そ、それではご報告いたします」
そこで一度、咳ばらいをし、続ける。
「王女殿下が心を開く相手が現れました。相手はシンタロウ・タムラ男爵。ザイデル公爵領からの留学生でございます」
「ほう……。あいつが心を開いた、と?」
「はい。毎日のように物見塔で親しげに会話する姿が目撃されています。王女殿下にも時おり、笑顔が見えるとのことでした」
そこで一旦、言葉を止めるが、ヴェルンハルトは顎で続きを促す。
「我々からタムラ男爵へのアプローチは続けておりますが、なかなか変わった性質の人物でして、踏み込むのには躊躇している状況でございます」
「変わった性質?」
「はい。地位や名誉には全く興味を示さないため、下手に勧誘してしまいますと、態度を硬化させる恐れがあります」
「……なるほどな。あいつが心を開くわけだ」
ヴェルンハルトは楽しそうにククッと喉を鳴らした。
「タムラ男爵か。覚えておこう。――今さら言うまでもないことだが、俺たちは目の前の王位にのみ注力しているわけではない。その先の展開も見据えている」
そう言って、周りを見渡すと一同は黙って頷く。
「アルフォンジーヌが檄を飛ばせば、何万――いや、何十万もの男たちが、それに応じて勇敢な戦士へと化すだろう。必ず、我が陣営に迎え入れなければならない」
そして、マリウスに視線を戻す。
「貴様の働きには、大いに期待している」
「しょ、承知いたしました! そのご期待に必ず応えてみせます!」
◆◆◆
同日。
五大貴族の一角、フリードハイム公爵邸でも「平和派」幹部定例会が開催されていた。
二十人ほどのメンバーの中には、フォルカー・シュトルツ伯爵の姿もあった。
彼自身は元々「平和派」の思想を持っていたわけではない。
爵位と同時に、その立場も引き継いだだけだ。
そして、デッドリック第二王子の脇を固めるのは貴族だけではない。
王都で幅を利かせる大商人なども、彼の思想に共感し、惜しみない援助を与えている。
フォルカーは、今日もストレスに胃を痛めながら、じっと座っていた。
下手な発言はできない。
かと言って、熱が無いと思われるわけにもいかない。
自分を蹴落とし、その椅子を奪い取ろうとしてくる連中の悪意とも戦わなければいけないのだ。
いつものように頭を必死にフル回転させながら、自らの立ち回りの最適解を模索していく。
「殿下。今日は私の息子よりご報告がございます」
会議が進み、少しだけ緊張感が緩み始めた頃、フリードハイム公爵が手を上げた。
「ほう。申してみよ」
白銀の長髪に、琥珀の瞳。
筋肉質な兄とは真逆の華奢な体型。
しかし、その身から放たれる圧倒的なオーラはまさしく王族の証だった。
氷のように、冷たく鋭い視線がデアを突き刺す。
デアは一度、大きく深呼吸し、緊張を解してから口を開いた。
「はい、申し上げます。本日は王女殿下に関するご報告となります」
「アルフォンジーヌか。聞こう」
「これまで、王女殿下を巡る駆け引きは、微妙なバランスの上で成り立っておりましたが――それを崩す台風の目が現れました」
デアはそこで一旦、言葉を止めてデッドリックの反応を待つ。
「続けろ」
「ザイデル公爵領からの留学生、シンタロウ・タムラ男爵が王女殿下と毎日のように会っております。王女殿下があれほど心を開いた例は、過去に一度もございません」
その名前が出た途端、フォルカーは気が遠くなりそうになった。
一緒に王都にやってきた、同郷の友。
互いの苦労を分かち合える唯一の存在。
(シンタロウ……何をしてるんだ。王女殿下と親しくするなんて、危険すぎるだろう……)
行動が軽率すぎる。
「タムラ男爵は『軍国派』筆頭のマリウス・ツヴェルガーとも親しくしており、このまま放置しておくのは危険かと存じます」
「ふむ。まだ奴らの派閥に入ったわけではないのだな?」
「はい。現時点では派閥には興味は無いようです。ですが、気が変わった時には、その瞬間に手遅れになってしまうかと」
「確かにな。だが、どうするつもりだ?」
「今、策を練っている段階でございます。今日は一旦、現状のご報告となります」
「……僕の陣営に妹は不要なのだが、ヴェルンハルトに取り込まれるのはまずい」
そう言って、デッドリックは少し思案する。
「男爵を抹殺すれば、アルフォンジーヌの怒りを買う。かといって、二人まとめて始末しても、民の怒りを買うだろう。世間は間違いなく僕たちを疑う。――となると、なかなか難しいミッションとなる。任せても大丈夫か?」
「はい。必ずや最善の策を練り上げ、殿下のご期待に応えてみせます」
フォルカーの胃が、彼をさらにキリキリと締めつけた。




