第28話 王都の学園―― 5
五月に入った。
春の陽気に誘われ、俺は学園のだだっ広い敷地内をジョギングしていた。
そんなわけはない。
こっちでも魔術の授業の間、俺は体力づくりの一環として、外を走らされているだけだ。
現在の心拍数141、時速12.7km/h、走行距離1.9km、消費カロリー147kcal
頭の中で相変わらず勝手に計算が始まる。
そんな感じでしばらく走っていると、視界の片隅に、雑草の生い茂る一角を鍬で耕しているおっさんの姿が目に入った。
麦わら帽子をかぶり、首に巻いたタオルで額の汗を拭っている。
「何やってるんですか?」
ちょっと興味を持ったので、声を掛けてみた。
学園の裏手とは言えこんなに堂々と作業しているなら、さすがに不審者ではあるまい。
「見て分からんか? ここを耕して家庭菜園にする」
「え? 勝手にそんなことやっていいんですか?」
「ふん。別に構わんだろう。荒れ地のまま、遊ばせておくのはもったいない」
「だったら、手伝いますよ」
走るのも、もう飽きた。
別のことで時間を潰したい。
「なに? 授業はどうした? 学生だろう?」
「ええ、今は魔術の授業中なんですけど、俺は魔力ゼロのゴミなんで外を走らされてるんです」
「魔力ゼロ……? よくそれで入学できたな」
「無理やり留学させられた感じです……。で、ここら辺の土を起こせばいいですか?」
「ああ。でも道具がないだろう」
俺はマルの透明モードを解除した。
おっさんはギョッとして、問いかけてくる。
「お、おい……。何だ、それは? 魔法じゃないのか?」
「まぁ、魔法ではないですが、それに近いかもしれません」
おっさんは興味深そうにマルを眺めている。
「魔力なしで、こんなものを動かせるのか」
「ええ、古代遺物ですね」
ついにお前が役に立つ時が来たぞ。
「マル、畑仕事用に最適化してくれ」
俺の指示に、マルの球体が変形し、四本の腕が展開される。
その先端には、シャベルのような物が装着されていた。
「じゃ、頼んだぞ」
俺の合図に、マルはその腕を高速回転させ、地面を掘り起こしていく。
一方、俺は土の中から次々と出てくる石や枯れ根、雑草の塊をせっせと拾っては取り除いていった。
「ほう。慣れたもんだな」
おっさんは感心したように言う。
「ええ。農作業には自信あります」
あの森を開拓していた当初を思い出す。
ロボットたちの仕事を邪魔しないように、ひたすら大地を耕していたからな……。
ちなみに、俺は基本的に単純作業が好きだ。
成果が目に見えて分かるようであれば、尚良い。
そのまま二人と一体で集中して作業を続けると、家庭菜園としては充分な程度には整った。
「ふぅ……。こんなもんですかね」
俺は汗をぬぐって、尋ねる。
「そうだな、助かった。礼を言う。面倒になって途中で放り出すところだった」
「そ、そうすか。ちなみに何を植えるんですか?」
「……イチゴだ」
おっさんは照れ臭そうに、そう答える。
別におっさんがイチゴを植えたっていいじゃないか。
むしろ、このゴツイ見た目でそんな可愛らしい果物を育てる姿は微笑ましい。
「無事に実ったら、俺にも少し分けて下さい。めっちゃ好きなんで」
「ふっ。いいだろう」
ちょうど授業が終わるタイミングだったので、別れの挨拶をしてから、俺はその場を離れる。
おっさんはまだ残って片づけをするようだ。
「あのおっさんは学園長か?」
俺はオルディナに問いかける。
何となく感じる品格からして、ただの用務員ではないはずだ。
お偉いさんからポイントを稼いでおいて損は無いだろう、との計算が途中から働いていたのは言うまでもない。
『いいえ、違います』
「違うのかよ……。ひょっとして骨折り損ってやつか?」
『ゲーアハルト・シャウムブルク。現国王です』
「は……?」
国王……?
病に倒れてたんじゃないの……?
そのせいでこんなドロドロの王位継承戦が展開されてるんだろ?
めっちゃ元気そうだったじゃん。
◆◆◆
放課後。
俺はまた物見塔の見晴らし台に立っていた。
そして、当たり前のように王女殿下の気配を頭上に感じる。
「今日、国王陛下にお会いしましたよ」
また覗き扱いされるのは不本意なので、見上げることなくそう告げる。
「あら、学園に来ていたのね」
殿下は隣にやってくると、俺に顔を向けることなく、街並みを眺めながらそう言った。
「魔術の授業の間、二人で家庭菜園を作ってました」
「ふふっ。父上は相変わらず暇みたいね」
「何か聞いてた話と違いましたが」
「聞いてた話?」
殿下は小首を傾げて、問いかける。
「だって病に倒れて、王位継承戦が始まったわけですよね? めっちゃ元気そうでした」
「確かに重病だったけれど、体力は人並み以上にあるのよ。一年くらいで、元の状態に戻ったんだけれど、その頃には兄たちが実権を握っていたわ。周到に事前準備をしていたのでしょうね」
「そうだったんですね……」
やっぱり怖い世界だ。
父親を心配するどころか、これ幸いとばかりに権力を奪いに来るとは。
でも、そのような気概がなければ、生き残ってはいけないのだろう。
「ちなみに、菜園では何を育てるつもりなの?」
「イチゴらしいです」
そう答えると、殿下は苦笑した。
「私の大好物ね……。子供の頃、テーブルに並んだイチゴを全部――兄たちの分まで食べてしまって、母に怒られた思い出があるわ」
なるほど、そういうことか。




