第23話 古代遺物と公爵令嬢とモブ―― 4
俺は少し調子に乗り過ぎていたのかもしれない。
オルディナによる超低周波での脳の数学的思考領域への刺激。
これにより、地獄のような副作用に二日ほど苦しみ、その後は常時計算癖と言う地味にしんどい後遺症に苦しむ羽目にもなっている。
だが、その代償と引き換えに、今の俺にとって学園の数学は──問題を見た瞬間に答えを書けるほどのチョロい科目になった。
だから、二学期の期末テストも当然のように満点だった。
その結果として、俺に待ち受けていたのは――
「はい……? 今、何と仰いましたか?」
明日から冬休み。
残業からも解放され、久しぶりにアニメ三昧の毎日を送ることができるとワクワク感が止まらない俺に対して、言い放たれた一言を聞き直す。
「うん。だから君は来年四月から王都の学園に留学してもらうことになった」
「いや、意味が全然分からないんすけど……」
職員室の片隅で、眼鏡をかけた担任が笑顔で続ける。
「あそこに留学できる条件は、非常に厳しくてね。既に爵位持ち、そして成績優秀。この二つを兼ね備えた生徒しか認められない。いや~、このザイデル公爵領から留学が認められたのは八年ぶりだよ。推薦した甲斐があった。おめでとう」
え?
あんたが推薦したの?
俺の意思確認もせず、何を勝手なことしてんの?
「……全くおめでたくないですよ! 王都になんて行きたくないです!!」
「いやいや、これによって君の将来は約束されたようなものだから。出世したら、私のことも宜しく頼むよ」
「俺は出世なんてしたくないんです! 自分の領地でのんびり暮らせればそれで充分なんですって!!」
「ははっ。もう決まったことだから。今は戸惑う気持ちも大きいだろうけど、すぐに私に感謝することになるよ」
王都って今、王位継承権争いでめちゃくちゃドロドロしてんだろ……?
まさか巻き込まれたりはしないだろうけど。
「ま、とにかく頑張ってくれ!」
そう言って担任は俺の抗議など全く聞く素振りも見せずに席から立ち上がると、俺の肩を叩いて職員室を後にした。
失意にまみれながら寮に戻る途中、ヒルダが俺を待っていた。
「聞いたぞ。王都へ留学とはな。おめでとう」
「何もおめでたくないだろ……。また人間関係を一から作り直すとかしんどすぎる」
「まぁ、それは確かにそうだが、王都の学友はこの先きっと財産になる」
「学友ね……。また魔力ゼロをいじられる未来しか想像がつかない」
今はヒルダの後ろ盾があるからこそ、俺はこうして気楽に過ごせてるという自覚がある。
「お前なら大丈夫だ」
「何だ、その根拠のない自信は」
「根拠ならいくらでもある。……だからこそ、別の意味で心配にはなる」
「どういう意味だよ」
ヒルダはその問いに答えることなく、俺たちは少し無言で廊下を歩く。
「……もどかしいな。お前と今のうちに約束を交わしておきたい。だが、それはわたしの方から言い出したくはない」
ヒルダは窓の外に視線を向けたまま、ポツリと呟いた。
「約束? 俺に出来ることであれば何でもしてやるよ」
「……だから、それはお前の方から言い出して欲しい約束だ」
そう言って真剣な眼差しで俺を見つめる。
「なぞなぞかよ……。全然分らん」
「分からなければ今はいい。だが、いつまで経っても分からないのであれば、結局わたしから切り出すしかないだろうな……」
そして深くため息をつき、続ける。
「お前を誇らしく思う気持ちに嘘はない。……だが、それ以上に寂しいと思う気持ちの方が強い」
「ああ、俺も寂しいよ。ま、冬休みはタムラの街には戻らないでここに残るから、ホバーカーに乗りたい時はいつでも呼んでくれ」
「……分かった。では、遠慮なく呼び出させてもらうからな」
◆◆◆
あっという間に冬休みが終わり、三学期も終了した。
何だかんだでヒルダは家の用事で忙しいことが多く、ホバーカーでの外出は月に数回程度に留まった。
だが、徐々にそのスピードにも慣れ、最終的には「これが限界なのか?」と少し物足りなさそうな顔を見せるようにまでにはなっていた。
そして、王都への出発当日。
俺はヒルダとその取り巻き、エラードとジェイに見送られながら馬車に乗り込む。
もちろん、マルも連れてきている。
そして、中には同乗者もいた。
「フォルカー先輩! 王都では先輩だけが頼りなんで、マジで宜しくお願いします!」
「僕も君が一緒で本当に心強いよ……。一年とは言わず、卒業までいたらどうだい?」
「いや、それは断固として拒否します」
王都シャウムブルクまでは、五日ほどかかる。
結構な長旅だ。
……そして、あれがまた始まる。
車輪の回転数、スピード、距離──脳が勝手に計算を始めて止まらない。
現在の速度:時速14.3km。到着予定時刻:4日と17時間32分後
マジで勘弁してくれ。
「先輩はこれから王位継承権争いの渦中に放り込まれるんですよね? どんな感じなんですか?」
「やめてくれよ……。ま、構図としてはシンプルだよ。第一、第二王子と王女の三人がメイン」
「へー、三つ巴なんですね」
「ああ。ただ、彼らをそれぞれ支持する勢力が複雑怪奇でね……。宮廷貴族に領主貴族、その他にも商会とか色んな思惑が絡み合ってる」
「うわぁ……面倒くさそう」
「ああ。毎晩寝る前に資料の復習をしてるよ。嫌だなぁ……」
「ふっ。頑張って下さい!」
俺が他人事のようにそう言うと、先輩は恨めしそうな目で宣告した。
「君にとっても笑い事じゃないと思うけど?」
「え……?」
「王女様は学園の二年生。君の同級生になるんだから、巻き込まれないわけがないだろ」
おい、マジかよ……。




