第18話 爵位とかいらないんです―― 1
リーヴェスたちが連行されていく姿を、俺たちは黙って見つめていた。
場に残ったのは俺とヒルダ、そしてヒルダの取り巻き二人。
「ヒルデガルド様! 申し訳ございません!!」
突然、そう言ってユリアーナは床に額を擦り付け、土下座をした。
「こ、このような計画を……知らなかったとは言え、私は――私は――」
そこで堪えきれなくなったのか、ユリアーナは号泣する。
「気にするな。カイルに利用されたのだろう?」
「自分が……、自分が情けなく……私はなんて、なんて愚かな」
嗚咽を必死に抑えながら続けようとする彼女の背に、ヒルダは優しく手を置く。
「もう良い。誰でも恋心につけこまれたら、判断力は鈍るものだ」
そう言って、ヒルダは俺をチラリと見る。
いや、俺は鈍ったりしないよ?
「ですが……!」
「次、恋する相手を間違わなければ良い。いい教訓になっただろう?」
「……はい」
そして、ユリアーナが落ち着きを取り戻した後、俺たちは解散した。
俺は誰かを好きになったことがないから、彼女たちの気持ちは分からない。
そういった意味では、俺は大人のモブを自称しながら、まだまだ子供なのかもしれない。
「誰かを好きになると、本当にそんなに判断力が鈍るものなのかな」
俺はオルディナに、何となく問いかけてみる。
『一般的にはそのようです。それが極限にまで達すると、人を殺めることになっても、自分は間違っていないと錯覚してしまうほどに』
「それは恐ろしいな。……だったら、俺はこのまま誰も好きにならずに過ごしたい」
二次元の女子よりも魅力的な三次元女子が、いつか現れる日が来るのだろうか。
そんなのは、とても想像がつかないけど。
『おや? あなたはヒルデガルドが好きなのではないのですか?』
「もちろん、好きだよ。でもそれは異性というより、人としてだから」
『そうなのですか? あなたの今回の行動は一貫して、好意を寄せる異性に対するそれでした』
「はっ。気のせいだよ。三千年経ってもAIは、この領域が苦手なようだな」
◆◆◆
後日、今回の件について正式な処分が通達された。
リーヴェスとカイルの主犯二人は退学。
そして、領都ザイデルからの永久追放。
ヒルダとリーヴェスの婚約関係も、もちろん解消された。
爵位の継承権はく奪までには至らなかったようだが、学園退学の意味は重い。
貴族としての資質が無いと宣告されたのだから。
事実上、この先の彼らに宮廷内での発言権は無くなった。
貴族としての振る舞いを学び終えることが出来なかったからだ。
それはつまり、アンスヘルム領の学園への転入も許されなかったことを意味する。
ま、奴らに対して同情する気持ちなど、1ミリも湧いてこないがな。
そして、俺はどうなったかと言うと――。
「シンタロウ、よく似合ってるぞ」
ヒルダが満面の笑みで、俺にそう告げる。
格式ばった高そうな服を着させられた俺は、ザイデル城の広い控室で待機していた。
「なぁ、ヒルダ。やっぱり、どう考えてもおかしいと思うんだが」
「おかしい? 何がだ?」
「所詮は度が過ぎた悪戯だっただけじゃん? 事件というほどのものでもないわけだし、それを解決したところで昇爵なんておこがましいというか」
そう、俺は男爵の爵位を賜ることになったのだ。
爵位なしの単なる騎士だったから、色々気楽だったのに。
「ん? あの件は単なるおまけというか、最後の一押しになっただけだぞ?」
「……どういうこと?」
「ヤニクの話の裏付けの為、あの後、お前の村に事実確認の調査が入った」
「事実確認?」
「そうだ。凄い発展をしているとな。それで調査した結果、100人を超える規模の村になっていたことが判明し、さすがにそのレベルの村を爵位なしの一介の従属騎士が治めるわけにはいかなくなったのだ」
……てことは、ルーディのせいってことか?
あいつの首を締めに行けばいいってことだな!!
「お前もせっかく育てた村を手放したくないだろ?」
「そ、それは確かに……。いや、ちょっと待て」
俺の頭に、解決策が思い浮かんだ。
「そしたら、改めて別の森を俺にくれ。タムラ村は返すから」
「それはダメだ」
即答だった。
「何でだよ! 俺は爵位なんてマジでいらないんだよ!」
「……爵位がないと、色々と不都合が生じるのだ」
ヒルダは視線を逸らしながら、そう言った。
「不都合? 例えば?」
「例えば……その、爵位のない男は、格の高い貴族の女と結婚できなかったり」
「え……? 俺的には何の支障も無いけど。結婚なんて一生しないし」
「は? 一生しない!? ふざけたことを言うな! 何を言ってる」
何故かヒルダは顔を真っ赤にして怒り始めた。
そう言われても、俺は千年分のアニメを見る為に生涯を捧げなければならない。
他の面倒ごとに構っている時間など無い。
「とにかくダメだ! もう決まったことだ!」
尚も駄々をこねる俺を、衛兵たちが無理やり謁見の間まで引き摺り出した。
そして、俺は公爵様の激励の言葉を、放心状態のまま受け取るのであった。
式が終わると、オルディナが俺に語りかけてきた。
『私が以前、言ったことを覚えていますか?』
「……なんだよ?」
『あなたのような旧人類という異物を社会に送り込むことによって発生するストレス反応を学習したい。そして、最初は小さな波紋でも、それが少しずつ大きくなるとどうなるのか、とても興味深いと思いませんか、と』
「ああ、そう言えばそんなこと言ってたな」
『波紋は少しずつ、大きくなってきたと思いませんか?』
「……まぁ、少しくらいはな」




