第17話 モブ vs ヴイラン―― 5
少し違和感を感じた。
想定外のはずのこの状況に、こいつの動揺がすぐに収まったように見える。
もっとテンパっていても不思議じゃないのに。
「助けに来たって言ってたな? 何でここにヒルダがいることを知ってる?」
「ユリアーナから聞いたんだ。ヒルデガルドがいなくなったってな。それで手分けして探してた。他の奴らは衛兵を呼びに行ってる」
なんで都合よくユリアーナと出くわしたかは一旦置いとこう。
そこを突っ込んだら、俺も墓穴を掘りそうだしな。
「それで俺はこの辺りの空き家を手当たり次第回ってた。といっても2~3軒だが」
「ほう、そういうことか」
場が膠着状態となり始めた、次の瞬間。
誰かが慌てて、飛び込んできた。
「リーヴェス様!! ヒルデガルド様!!」
カイルだった。
俺と目が合い、一瞬だけギョッとしたような顔を見せる。
そして、床に転がっている連中を確認する。
「こ、こいつらは一体……?」
「どうやら、このゴミ野郎が倒したらしい」
「え? 本当ですか? たった一人で?」
……ん?
そんなあっさり受け入れらるのか?
言葉の割に、あまり驚いている感じもしない。
「ヒルデガルド様!!」
「ヒルダ様!!」
続けざまに他の取り巻きたちが、わらわらと駆け込んできた。
衛兵らしき男も二人いる。
「こ、この状況は一体……?」
「いや、俺たちも今到着したばかりで。このゴミ、いやシンタロウが、こいつらを撃退したというとこまでしか確認できてない」
「シンタロウが……? 一人で?」
カイルが遅れてきた連中に説明を始めた。
「とりあえず、こいつの話だけでは埒が明かないな」
そう言うと、カイルは床に伸びている黒髪の男を乱暴に起こす。
「おい、起きろ!! お前たちがヒルデガルド様を攫ったのか?」
「う……」
死にそうな表情のまま、目を開けたその男は。
その男は――
あ、こいつ見覚えがある。
確か俺の村に最近移住してきたヤニス? ヤニク? そんな感じの名前の奴。
都会の生活が肌に合わなくて、農作業をしたかったとか言ってたよな。
そこに俺も少し共感した。
「おい! 答えろ!! お前たちがやったのか!?」
「す、すみませんでした……。金が欲しくて……」
「お前は何者だ!! お前が主導したのか? それとも他に黒幕がいるのか?」
「お、俺はタムラ村から来ました。主に頼まれて……許して下さい」
「タムラ村? どこだ、そこは? ……ん? タムラ?」
何だこの三文芝居は。
その場にいた全員の視線が俺に注がれた。
てか、そう来たか。
なるほどね。
疑問が解決した。
500kmも離れた場所に、小さな村の噂なんてやっぱり届くわけがない。
そして、もう一つのモヤモヤも解消した。
思い出したよ。
「……そういうことか。全てが繋がったな。おい、ゴミ野郎!」
リーヴェスが怒りの表情で続ける。
「お前の自作自演だな。こんなことをして、タダで済むと思ってるのか?」
自作自演はお前らだろ……。
「はぁ……。俺がヒルダを誘拐したって? そんなことして俺に何のメリットがある?」
「どうせ金だろう? おい、お前。こいつから依頼された時、何て言われた?」
リーヴェスはヤニクに尋ねる。
「い、いえ、特には何も! ……ただ、村の発展の為には金が足りないとは周りから聞いてました」
「やっぱりな。おい、衛兵! こいつらを取っ捕まえろ!!」
くだらねぇ……。
俺はもう一度、大きく息を吐いた。
「なぁ、ヒルダ。俺って金が目当てでこんなことすると思う?」
そう言って、ヒルダの方を見やる。
「するわけがない。もし本当に金に目がくらむような男なら、あの落盤事故の時、金なんていらないなどと言うわけがない」
良かった。
ヒルダの表情は、俺を微塵も疑っていない。
しかし、リーヴェスは引き下がらない。
「でも、こいつがこう言ってる。夏休みに村に帰って、心境の変化があったんだろう」
俺はヤニクに視線を向ける。
「おい、ヤニク。お前、俺の村に来る前までどこに住んでたんだっけ?」
「クローゼル市です」
その単語が出た瞬間、カイルが慌てふためく。
「なっ! お、おい」
「クローゼル? クローゼル子爵の街か。あれ? カイル。お前はカイル・クローゼルだよな? お前の領地じゃねーの?」
これは想定外だったのだろう。
必死に何か言い訳を探しているようだが、言葉が出てこないようだ。
俺は畳みかける。
「で、ヤニク。お前は何で俺の村に移住してきたんだっけ?」
「えっと、クローゼル市でタムラ村のことが噂になってて。凄い勢いで発展してて移住者を募集してるそうだったので」
「え……? そうなの? 俺の村はクローゼルとはだいぶ距離があるんだけど。ここにいる誰か、タムラ村がそんな状況だって知ってる人いる?」
場が静まり返る。
誰もそれに答えようとはしない。
「見ろ。そんな噂があるなら、もっと他でも話題になってないとおかしいだろ。お前がカイルに指示されて、潜入していたって方がよっぽど辻褄が合うと思うけど、どう?」
「……」
「あ、そういえばカイル。お前、三日前の晩、どこで何してた?」
俺はさらに二人を追い詰めていく。
「食堂でリーヴェスの側に珍しくお前がいなかったから、不思議に思ってたんだ。ひょっとして、こいつに会いに行ってたんじゃないか?」
ヤニクは口をパクパクさせながら、カイルの方を向いて助けを求める。
「ぼ、坊ちゃん……」
「ば、馬鹿!!」
今度は、この二人に視線が注がれた。
「決まりだな。てことは――」
俺が結論を言いかけたところで、リーヴェスが割って入る。
「カイル! お前、何てことしてくれたんだ!! がっかりしたぞ、僕は」
「へ……?」
あ、こいつカイルを切り捨てる気だ。
危機感を嗅ぎ取って瞬時に判断を下すメンタルは、大したもんだ。
貴族社会で揉まれてきた経験ってやつか?
「リ、リーヴェス様? 俺は……」
「おい、衛兵! こいつを早く連れてけ!!」
「そ、そんな……お待ちください!」
そう言うと、カイルはヤニクの横に転がっている鞄をごそごそ漁り、革袋を取り出す。
「これを前金として渡すように指示したのはリーヴェス様ではないですか!?」
「知らん! 僕にまで罪をなすりつけようとするな!!」
カイルは泣きそうになりながら、がっくりとその場にへたり込む。
俺はカイルから革袋をひったくる。
中を開けてみると、銀貨がぎっしり詰まっていた。
そして何となく、その一つを取り出してみる。
あれ……?
少し違和感を感じた。
『アンスヘルム領の銀貨です。ザイデル領で発行されている銀貨とはデザインが少し異なります』
オルディナがすぐに違和感の正体を解説してくれた。
念の為、他の銀貨も確認してみたが全て同じだった。
「おい、リーヴェス。この銀貨、何か変じゃないか?」
そう言って、俺はその一枚をリーヴェスに投げて渡す。
リーヴェスは訝し気に、その表や裏を確認する。
「……変? どこにでもある普通の銀貨じゃないか」
「どこにでもは無いだろ」
「何だと? どういう意味だ?」
「よく見ろ、小さな字でアンスヘルムって書かれてる」
「なに?」
「ザイデルで流通してる銀貨じゃない。お前は実家から腐るほど金を持ってきて、こっちの銀貨を使うことが無かったから知らなかったんだな」
「て、適当なことを言うな! うちの銀貨だって少しは紛れていても不思議ではない!」
「まぁ確かに少しならな」
そう言って、俺はニヤリと笑みを浮かべる。
「でもこの革袋に入ってる銀貨、全てがアンスヘルム銀貨だぞ? そんな偶然はありえなくないか?」
「……!」
今度はリーヴェスが固まる。
そして、その整った顔がどんどん紅潮していく。
「おいおい、これは前代未聞の醜聞じゃないの? 公爵令嬢の誘拐未遂事件。その首謀者が、隣の公爵の嫡男だとは」
「し、知らん! 勝手にでっちあげるな!」
「この状況で、そんなことを言っても誰が信じると思う?」
リーヴェスはハッとしたように周りを見回す。
ヒルダとその二人の取り巻き。そして衛兵。
その冷たい視線が、彼に突き刺さっていた。
「衛兵さん。早く同僚を呼んで、こいつら全員縛り上げた方がいい」
俺がそう告げると、片方の衛兵がうなずき、外へ走っていった。
「ち、違う! ただのサプライズだったんだ! 本気で誘拐などするわけがないだろ!?」
「サプライズ……? ヒルダにこんな恐怖心を与えておいて、実は冗談でしたで済むとでも思ってんのか?」
「う……」
「お前らみたいな甘やかされたガキは加減を知らねぇ。牢屋の中でしばらく、やっていいことと悪いことの区別のつけ方を勉強しとけ!」
リーヴェスは観念したのか、がっくりと膝をつき、放心状態となる。
しばらくして、衛兵の一団が到着した。
そして、リーヴェスたちと実行犯は全員、大人しく連行されていったのだった。
……下らない茶番も、これで終わりか。
貴重な休日を一日潰してしまったが、これであいつらが退場となれば、静かな学生生活を送れそうだな。




