第15話 モブ vs ヴイラン―― 3
この街は、ヒルデガルドにとって庭のようなものだ。
公爵家のお膝元、領都ザイデルの城下町。
街を行き交う人々も、彼女の成長を温かく見守ってきた。
「こんにちは、お嬢様! ますますお美しくなられて」
「ヒルデガルド様! 是非、うちの店にお越しください!」
そのような声にヒルデガルドは優しく微笑み、手を振って応える。
彼らも必要以上に干渉はしてこない。
あまりに美しく、気品に溢れるその姿に声を掛けるのもおこがましいと感じているのかもしれない。
だが、そのように良い意味で放っておかれるということが、彼女にとってこの街をとても居心地の良い場所としていることは間違いなかった。
その傍らで、シンタロウが言うところの右大臣ユリアーナは若干緊張していた。
想いを寄せるカイルに、ヒルデガルドを指定の場所まで連れてくるよう依頼されていたのだ。
リーヴェスからサプライズがあるらしく、そこへ自然に誘導してほしいとのことだった。
そして目的地まで案内したら、もう一人の取り巻き――シンタロウの認識では左大臣――ブレンダと一緒に、そっとその場を離れてほしい、と。
人目のつかない路地裏。
サプライズなのだから、目立たない場所というのは分かる。
だが、一抹の不安もぬぐい切れない。
なぜなら彼女たちの主、ヒルデガルドはリーヴェスのことを嫌悪しているからだ。
でも、これをきっかけに仲良くなってもらえれば、カイルたちとの交流も増えるかもしれない。
そんな淡い期待の方が大きかった。
そして、目的の場所に到着した。
そこだけがこの街のエアポケットになったかのように誰もいない。
ポツンとベンチが一つだけあった。
「ヒルデガルド様、申し訳ございません。ちょっと買い物するのを忘れておりましたので、こちらにお掛け頂き、少々お待ち頂けますか?」
「いや、わたしも一緒に行くぞ?」
「とんでもございません。私のミスでご足労をお掛けするわけには! ブレンダ、あなたは一緒に来て」
「え? あたしも? 護衛がいなくなるじゃん」
「あなたに護衛なんて務まるのかしら……」
ヒルデガルドの爆破魔法の威力は既に王国随一。
格闘術にも優れており、彼女を力づくでどうこう出来るものなど、果たしてこの街に存在するのか。
「確かに……。じゃ、ヒルダ様、すみません。あたしもこいつの尻ぬぐいに付き添います」
「分かった」
ヒルデガルドが苦笑して頷くと、二人は駆け足で立ち去る。
「一体、何を買い忘れたんだ?」
そんな疑問が頭に浮かぶと同時に、突然どこからともなく現れた黒髪の男に声を掛けられた。
「あのー、あなたがヒルデガルド様で?」
「ああ、そうだが」
「すみません、この街に来たばかりで貴女様のお顔を存じておらず」
「いや、別に構わない。それでわたしに何か用か?」
「えっと、シンタロウ・タムラさんという方はご存知ですかね?」
その名前を聞いて、ヒルデガルドの胸は一瞬ドキリとした。
「あ、ああ……。もちろん知っている。同級生だ」
「良かった! もし知らないとか言われたら、怪しい奴のところに案内するところだった」
「案内? わたしをか?」
「はい、何やら見せたいものがあるとか何とか。今、動けないので来て欲しいと」
「動けない……? 分かった。連れていってくれ」
普段のヒルデガルドであれば、こんな怪しい誘いに乗るわけがなかった。
そもそも、何故自分がここにいることを知っているのかと不審に思う。
しかし、シンタロウの名前を出され、いつもの冷静さが失われてた。
更に動けないと聞いて、彼が夏休み前の武術訓練で突然倒れた日のことを思い出し、心配する気持ちが不審感を掻き消してしまった。
そして、仮にこの男が何かしようとしてきても、自力で何とかなるとの自信もあった。
しかし、それは自信ではなく過信だった。
ベンチから立ち上がった彼女の右の手首を男は一瞬で掴むと後ろへ回し、電光石火の早業で手錠をかけ、左手にもセットする。
「な――貴様!? 何をする!!」
「ふう……。任務完了。じゃ、大人しくついて来て下さい」
手錠は魔鉱石で出来ていた。
通常、魔鉱石は魔力の通りを良くしたり、増幅させる効果がある。
しかし、稀にその効果を打ち消す、つまり魔力の発動を阻止する「マイナス魔鉱石」と呼ばれる代物がある。
手錠はこの「マイナス魔鉱石」で作成されていた。
それをヒルデガルドも瞬時に理解した。
「うん、あんた程の上玉であれば、一体いくらの値がつくかな?」
「……奴隷として売るつもりか? 誘拐にしておけ。金なら言い値で出せるはずだ」
それを聞くと、男は馬鹿にしたかのような顔で告げる。
「誘拐なんてしたら、捕まっちゃうでしょ? 奴隷売買なら足がつかない」
「――貴様」
ヒルデガルドは状況を完全に理解した。
絶望感が胸をじわじわと締めつけ始め、自分のふがいなさに思わず目をギュッと瞑る。
そして瞼の裏で、助けを求めて思い浮かんできたのは、父でも兄でもなく、シンタロウの顔だった。
◆◆◆
『ヒルデガルドが拘束されました』
オルディナから緊急連絡が入る。
「マジかよ!? 大臣どもは何をやってる?」
『大臣というのは、彼女の取り巻きのことですか? 現場から少しずつ遠ざかっております』
「ヒルダはどっちへ連れてかれてる?」
『この通りを左に曲がって、細い路地裏に向かうようです』
「ホログラムで地図を出せ。あと、リーヴェスたちの動向も探りたいから、そっちの監視も継続で」
『承知しました。リアルタイム投影なので処理負荷がかなり高くなります。リーヴェスの監視にもリソースを割くとなると、他のサポートは出来なくなります』
「問題ない」
ダッシュしながら、またも勝手に頭で計算癖が発動する。
自分の走行スピードとヒルダたちの歩行速度の比較、そしてその距離感の推移。
「あの建物に入る感じか。到着まで三分といったところだな。一旦、ホログラムは終了していい。リーヴェスとこっちの距離はどれ位ある?」
『一キロです』
「だとすると、十分弱か。それまでに終わらせるには、またお前の力を借りないとな」
『お任せください』




