第10話 学園生活―― 2
入学して三ヶ月近くが経過した。
オリエンテーション期間はとっくに終わり、通常の授業も本格的になってきた。
つまり、数学や歴史などの学問の他に、魔術や武術の基礎訓練。
そして貴族作法といったカリキュラム。
で、予想通りというか何というか、リーヴェスから目をつけられた俺は、その一味からの嫌がらせが徐々にエスカレートしていった。
武術訓練では必要以上に痛めつけられ、食事中には料理を投げつけられる。
十五歳とは言え、長身で細マッチョのこいつは俺より明らかに強い。
恐らく入学前から、戦場で戦う貴族の義務として、格闘技を学んできているのだろう。
「大丈夫か?」
今日の訓練が終わり、床に大の字になっている俺の元に、心配そうな顔をしたエラードがやってきた。
「ああ、全然余裕。入学前はもっと酷いいじめに遭うって覚悟してたから、こんなもんかと拍子抜けだよ」
「ふっ。軽口が叩けるうちは、まだ大丈夫だな」
そう言って、俺の体に両手をかざす。
エラードの青い瞳は、癒し系の魔力を持つ者の証だ。
まだ基礎訓練が始まったばかりの為、その効果はそれなりだが――オルディナの話では、こいつの潜在的な魔力は突出しており、いずれは治癒魔術の大御所になるかもしれないとのことだった。
「ありがとう。ちょっと楽になったよ」
嘘じゃない。
その気持ちだけでも嬉しいから。
魔術の授業と言えば、魔力ゼロの俺がその間、何をしているのかというと、ひたすらグラウンドを走らされている。
戦争が起こった際には、俺は最前線でのデコイになるので、走って体力をつけとけというわけだ。
では、数学や歴史の授業はどうか。
大学受験に失敗――特に理数系がダメダメだった俺に、またこの試練が襲い掛かってくるとは。
苦手な食事を残したまま時間切れになって、やっと片付けてもらったと思ったら、また目の前に山盛りで提供される感覚。
マジで勘弁してくれ。
心が休まる暇もない。
三千年経っても、人生ってこんなに辛いのかよ。
……静かに暮らしたいだけなんだよ、本当に。
寮に戻ってもアニメを見る気力など無い。
――たった三年だ。
三年間我慢して卒業すれば、きっと穏やかな生活が待ってるはずだ。
◆◆◆
「おはよう。どうした、朝から疲れた顔をして」
ヒルダが心配そうな顔で俺の顔を覗き込む。
「おはよう。ちょっと寝つきが悪かっただけ。あと、午後の数学の授業のこと考えると気が滅入ってくるのもあるかも」
敬語を使う度に怒られていたら、いつ間にかフランクな会話が出来るようになっていた。
「ははっ。確かにお前は数学を苦手にしているな。……ほ、放課後、時間はあるか? 図書館で教えてやるぞ?」
ヒルダがありがたい提案をしてくれる。
なぜか、その耳が少し赤い。
「気持ちだけ受け取っておくよ。放課後まで数学をやりたくない」
「……そうか。困ったらいつでも言え。再来週にはテストもあるしな」
「テスト……。考えたくもないな」
「終わったら夏休みだ。前向きに考えていこう」
ヒルダは俺が奴らにイジメられていることを知らない。
全て彼女の目に届かない場所で実行されているから。
でも心配をかけるわけにはいかない。
上流貴族の間では色んなしがらみがあるだろう。
そして、こんな風な会話をした後には――。
ダンッ!!
俺はトイレに連れ込まれ、リーヴェスに壁に叩きつけられる。
「おい、ゴミ野郎。ヒルデガルドと何を話してた?」
「別に何も。今日の天気のこととかだよ」
ドカッ!!
思い切り蹴られる。
「何で僕とは全く会話してくれないのに、お前のようなゴミには親しげに話しかける? 僕は彼女の婚約者だぞ!?」
「……お前のこのゴミみたいな性格を見抜いてるからだろ」
「なんだと?」
ドカッ!
ドカッ!!
「うっ……」
「分かってないようだが、魔力ゼロのお前は家畜以下だ。ヒルデガルドがお前に優しくするのは、ただの哀れみ。何故それが分からない?」
リーヴェスの赤い瞳に狂気が宿る。
「僕と彼女が組めば、この国を動かすことだって可能なんだ。あんなにも美しく、強く、完璧な彼女は……僕の隣に立つべき存在だ。お前みたいな無能がまとわりつくなよ。彼女が汚れるだろ?」
完全にグロッキー状態となった俺に向かってリーヴェスは吐き捨てる。
「明日の武術訓練は覚悟しておけ。今までで一番、可愛がってやる」
そして、そのままトイレを後にする。
取り巻きの黒髪も、トドメとばかりに俺を蹴ってそれに続く。
俺はしばらく立ちあがることすら出来ない。
「はぁ……。もう疲れたよ……。オルディナ」
『はい。よくその状況まで我慢できるものだと感心しております』
「三年我慢しようと思ったけど、もう無理。お前の力、借りてもいい?」
『もちろんです。どうしますか?』
「今までの武術訓練から、リーヴェスの攻撃を解析できるか?」
『はい。彼の動作パターンには明確な癖があります』
「お前、俺の脳波とかに干渉できるんだったら、神経にも刺激を与えられるよな?」
『可能です。ただし、実行の際には副作用もあります』
「分かってる。あいつをぶちのめせるなら、別にいいよ」
俺は作戦を説明し始める。
イメージとしては神経に電気刺激を与えて、キルアみたいな動きでボコる。
『承知しました。明日が楽しみですね』
「ああ、部屋に戻ったら早速特訓開始だ。ホログラムであいつの動きをシミュレーションさせてくれ」
そうだ、エラードにも協力してもらわないと。
モブの底力を舐めるなよ。




