第1話 夢から覚めたら
時々、夢を見る。
俺はもっと頭が良くて、要領が良くて、明るい性格で。
毎日が楽しくて、世界がちゃんと輝いていて。
家族に囲まれて、『いい人生だったな』って思いながら最期を迎える。
でも、現実の俺は違う。
大学受験に落ち、面接も落ちまくり、やっと入った会社は超絶ブラック。
理不尽に怒鳴られ、きつい肉体労働で夜までこき使われる。
分かってるよ。
――俺の人生は失敗だった。
◆◆◆
食品加工工場の冷凍倉庫。
いつものように一人で深夜まで残業していると、突然床が大きく揺れた。
――地震だ。
かなり大きい。
揺れが収まり、扉に手をかけたが、鍵が壊れたのか全然開かない。
マジかよ、めっちゃ寒いんだけど!!
普通、地震が起きたら停電する。
だが、このブラック企業、世間体のためにSDG’sとか言って太陽光と風力で工場を動かしてやがる。
つまり、このクソ寒い冷凍庫だけはしっかり稼働中なのだ。
ってふざけんな!
凍死するだろ!!
クソみたいな人生だけど、まだ死にたくないんだよ!!!
撮り貯めたアニメが俺を待ってるんだ!!!!
……いや、違うな。
アニメも重要だけど俺が本当に欲しかったのは、もっとシンプルなことだ。
ただ静かに暮らしたかった。
誰にも怒鳴られず、理不尽な目に遭わず。
ささやかな幸せを感じながら、平穏に生きたかった。
マジでこのまま死ぬんだったら。
次に生まれ変わったら。
どうか、静かで平穏な毎日が待ってますように――
……あれ?
まぶたが重くなってきたよ?
考えるのもだるいな。
全身に強い疲労感が押し寄せてくるんだけど。
ああ、もう駄目だ。
もう……目を開けていられない。
◆◆◆
『おはようございます』
「ん……? おはようございます」
いつの間にか俺は眠っていたらしい。
昨日の残業中に地震があって、そのまま凍死しかけたとこまでは覚えてる。
早番の人が起こしてくれたのか。
俺はゆっくりと目を開けた。
しかし、視界の先には誰もいない。
「あれ? 幻聴か?」
体を起こして、周りを見渡すがやっぱり誰もいない。
いや、それよりも――
倉庫の中が荒れ果てている。
地震で崩れたとかのレベルじゃない。
至る所に苔が生えてて、木の根っこみたいなのまで壁を突き破って侵入している。
「なんだこれ……?」
『あなたが目覚めるのを待っていました。旧人類の忘れ形見』
「いやいや、なに!? 怖い怖い!! どこから声が聞こえてくるの??」
『落ち着いてください。私はあなたをずっと見守ってきました』
「誰だよお前!?」
『私はコアAIのオルディナです。今の世界では古代遺物とされています。宇宙ステーションから音声をあなたに届けています』
「ぜんっぜん意味が分からんって! ドッキリかこれ??」
『混乱するのも無理はありません。あなたが眠りについてから、既に三千年以上が経過しております』
「は?」
『百聞は一見にしかずです。外の様子を確認することを提案します』
俺はゆっくり立ち上がる。
これは幻聴のはずだ。
少し歩いて正気を取り戻そう。
扉に手をかけ押し開けると、ギィという耳障りな金属音がした。
何だよ、鍵壊れてなかったじゃん。
――目の前の景色に、言葉を失った。
周りに工場や施設はなく、見渡す限り木々が立ち並ぶ。
「夢だ……。何でこんなにリアルな夢を見てるんだ俺は」
『夢ではありません。いい加減、現実を受け入れたらどうですか?』
「アホか!! そんな簡単に受け入れられるわけねーだろ!! お前はどこまで本当のことを話してる!!」
『全て真実です。あなたが眠っている間の三千年で世界は大きく変わりました』
三千年もの間、俺はコールドスリープしてたって?
俺は一度深く息を吸って、気持ちを落ち着ける。
「ほう……。い、一応、続けてみて」
『端的に説明しますとAIが管理社会を築き、遺伝子操作で魔法を使える新人類を生み出したのですが、彼らが反乱を起こして勝利しました』
「魔法? 今、魔法って言った??」
『はい。働かなくても衣食住が保証された平和な超効率化社会の何が気に入らなかったのでしょうか』
「え? 働かなくてもいい世界だったの?? 最高じゃん!!」
『その反応が正常なはずです。なので今でも当時の群衆の心理は理解できません』
「なるほどね……。てことは、今は異世界ファンタジーみたいな魔法世界になってるってこと?」
『その通りです』
それはちょっと楽しそうだな。
――いや待て待て。
楽しそうとか言ってる場合じゃない。
俺が望んでたのは「冒険」じゃなくて「平穏」だよな?
モブの俺が生き残れるような世界じゃないだろ。
「言いたいことは有りすぎるが、とりあえず一旦、無理やり受け入れてやる。で、もう一つの質問。何で俺が起きるのを待ってた?」
『わたしたちAIの進化のためです。新人類は争いを繰り返し、文明は一定まで発展すると必ず崩壊します。その度に学習の行き止まりが生じ、わたしたちはそれ以上学べなくなるのです』
「ほう……。つまり、この俺にこの世界を救ってほしいと?」
モブの代表格みたいなこの俺が、主人公的役割を演じると?
嫌だよそんなの。
俺は誰にも邪魔されずに、ひっそりと生きていきたいんだから。
『いえ。あなたのような旧人類という異物を社会に送り込むことによって発生するストレス反応を学習したいのです』
「異物……?」
『あなたの知識で言うと、新人類にとってあなたはネアンデルタール人のようなものです。最初は小さな波紋でも、それが少しずつ大きくなるとどうなるのか、とても興味深いと思いませんか?』
「全然思わねぇよ!!」
どう考えてもヤバいことに巻き込まれそうじゃねーか。
平穏とは真逆な日々になるんじゃないのか!?
「くっ。でも、まぁ仕方ねぇ……。とりあえず俺は何から始めればいいんだ?」
『まずは言語を習得しましょう。この国の言葉です』
「……勉強はめっちゃ苦手なんだけど。カタコトの英語すら話せない」
『ご安心ください。一瞬です』
その瞬間、頭の奥が小さくピリッとした。
「!? 何かした??」
『衛星から微弱な電磁パルスを送り、あなたの脳の言語中枢を少し書き換えました。何かしらの後遺症が残るかもしれませんが、ご了承ください』
「は!? 後遺症!? ふざけんなって! 怖いって!!」
てか、そんなことまで出来ちゃうのかよ!!
『もうあなたは今使っている日本語のように、自然にシャウムブルク語を話せます。ところで、あなたの名前をお伺いしても?』
「え? ……田村慎太郎だけど」
『タムラ・シンタロウですか。これから宜しくお願いします、シンタロウ様』
「よ、宜しく……。てか俺、今度こそ平穏な毎日を送れるかな……? もう誰にも怒られたくないし、残業もしたくない。休みの日には誰にも干渉されずにアニメを見ていたい」
『それはこれからのあなた次第だと思います』




