第3話 黄歴3131年夏 SBEW拠点 - ミードの研究
ミードの行方の手掛かりを探しに来た図書館からの帰り道、ぼんやりして迷い込んだ路地で、私はその男性に遭遇した。
正面に立つその男性は自らロイと名乗り、飽く迄丁寧な口調で私に話し掛けてきた。
「ゾーイさん。お手数をお掛けしますが、私に付いて来て下さい。質問は無しでお願いします」
ロイという男性の体格を一目見てして、私は逃げるという手段を諦めた。力でも体力でも、足の速さでも敵いそうになかったからだ。
ロイに、粗暴さの全く無い優しいとさえ言える力加減で、肩を押されるように歩き出す。路地から裏通りとでも言うべき街路へ連れて行かれた私を待っていたのは、街中至る所で見掛ける四人乗りの車だった。後部座席に座らされた私に、隣に乗り込んだロイが、矢張り丁寧な口調で目隠しと耳栓を渡してきた。
「ゾーイさん。私が合図するまでこれを着けてて下さい。そちら側のドアは嵌め殺しになっているのでその積りでいて下さい」
逃すつもりは端から無いらしい。でも、何処に連れて行かれるか分らない不安や緊張はあったが、彼の私への態度に恐怖は感じ取れなかった。
大人しく指示に従った私は、暫くして車が動きだすのを体感した。右に左に何度も方向転換するのが感じらる。もしかしたら同じ所を何度何度も通っているのかも知れなかった。
今、何処にいるのか全然見当が付かなくなった頃、何度目かの停止で車の振動が無くなった。不意に肩を叩かれ吃驚したが、先程言われた合図だと理解した私は、目隠しと耳栓を外した。
「一緒に降りて下さい」
自由になった目と耳にロイの顔と声が入ってくる。
言われた通りに、ロイに続いて車を降りた私の目の前にいたのは、一年前何の連絡も無く消息を断った、少し窶れた顔のミードだった。
再会したら言ってやろうと思っていた、溜っていた文句や心配等の言葉は、しかし、大渋滞を起したかの様に、一つも口迄辿り着かなかった。只口をパクパクさせただけだった。
そんな私を見てクスリと笑いを溢した彼女は懐しそうに私に言った。
「ゾーイ、久し振り。積る話は後でしよう。今は私について来て」
ミードに先導された私は昇降機で地下へと降り更に自走路を乗り継いで一つの部屋へと案内された。ロイも一緒だった。
椅子に座った私に、「さて」と一息吐いた彼女は話し始めた。
「聞きたい事も言いたい事も一杯あると思うけど、先ずは私の話しを聞いて。
此処に来てもらったのは貴女を保護するため。貴女をそんな状況に巻き込んでしまったのは私。謝っても謝り切れないけど、ごめんなさい」
今彼女は保護と言った。巻き込んだとも言った。一体何から保護するというのか。巻き込んだというのはどういう事なのか。
何を言われているのか理解不能の顔をしている私に、「わかってる」という風に彼女は説明を続けた。
「一年前の野外調査、あったよね。あの時私、採掘場跡での事、記録に残さない様お願いした。あそこで何をしていたか、そこから話すわ」
巻き込んだというならあの時の事だろうか、と考えていたが、やはりそうだった様だ。
「あの調査は、フリギウス軍研究所の依頼だったの。国立科学研究所の主な資金源はフリギウス軍でね、軍の依頼は断われない。
で、その内容なんだけど……こんな話、知ってるかな。採掘場として廃止される直前、不審死者が大勢いたって」
その話は管理団体の職員として聞いているので頷いて応える。
「でも実際は生きてるんだよね。全員。軍の特別な施設に極秘裏に入れられてる」
私は首を傾げた。何で秘密にしなければいけないのだろう。
「うん、不思議に思うよね。でもこれを聞けば納得するかな。彼等全員人間の形してないの。しかも、不死身。普通の手段じゃ殺しても死なないんだ」
何を言ってるんだろう、冗談にしても面白くない。しかし彼女は真剣な表情を崩さない。次第に本当の事なんだと実感されてくると、得体の知れない恐怖が全身を震えさせた。
彼女の話を纏めるとこう言う事らしい。
採掘場跡での大量不審死事件は、真実を隠す為の偽装工作だった。
不審死を遂げたとされる者は全員、人間離れした姿形をしている。
彼等は漏れ無く通常の方法では殺せない不死身性を持つ。
殺したと思っても数時間もすれば再生しているそうだ。
細胞片の培養結果、異常な速度で増殖するそう。試料の処分も、原子レベルでバラバラにするしか無いという。
またこの異常増殖性のため人の形をとれていないのではと推測されているよう。
空気感染はしない。接触感染のみらしい。
実験動物での異形化は確認できず、重犯罪者を犠牲にして確認していたと聞いた時は吐き気がした。
そこで軍研究所は採掘場の鉱石に目を付けたらしい。その中に問題の異形化を促す生命体がいるのではないかと。その調査・採取の為にミードが遣わされ、人質として彼女の親友である私が案内役として選ばれた。
野外調査のあの日から、私は密かに軍に監視されていたようだ。彼女に対する重しとして使われていたのに、知らなかったとは言え私は随分と呑気に構えていたものだ。
彼女への依頼という名の命令はそれだけでは終らなかった。採取した試料から生命体の分離、解析までさせられたという。機密保持の為、彼女への外部の接触は全て断たれてしまう。これが彼女の失踪の真相だった。
軍の要求は留まる事を知らなかった。分離解析をも成し遂げたミードは、これを制御し兵器転用の可能性を探る事を命じられた。成功すれば事実上不死の軍隊が出来上がると軍部や政治家達は夢想したようだ。
「という訳よ。私の研究は一応の結果を出した。今や大量のアンプルが軍研究施設に冷凍保管されてる。皮下注射をすれば、血流に乗ってあっという間に体内を巡り、身体を作り替えるのに食事を摂る時間があれば充分なのがね。
そこでゾーイ、貴女よ。貴女の役目が終ったと軍は判断した。近々暗殺の指示が出される予定だった。だから今日貴女を保護した」
私は自分が置かれた状況を正しく理解した。人知れず殺され、今度は私が失踪扱いされる所だった訳だ。
「護ってくれたのね。ありがとう。でも、だとしたら、此処は何処で、今の貴女と軍の関係はどうなってるの。そしてロイ……さんはどういう立場の人なの」
ミードは不適な笑みで言う。
「私と外部との接触は断たれた。でもね、軍人の中にも、軍の方針に不信感を抱く人は結構いるの。私は研究を進めながら、慎重に仲間を増やしていった。ロイもその一人よ。彼は私と他の仲間との連絡役を担ってもらってた」
「そこからは俺が説明しよう。俺達仲間は廃棄された軍施設に目を付けた。軍も過去に色々やらかしてるからな。撤去に危険を伴う施設なんかは警邏を置いてるだけの所があるんだ。ここはそうして見付けた施設の一つだ。で、人事に手を回して警邏の人員を仲間で固めた。その上で資材を運び修復した訳だ。完璧とは言えないが、そこそこ使えるだろう」
「そして、昨日私は仲間の手を借りて軍の研究施設を脱走したの。だから軍人じゃないけど私も脱走兵扱いってこと。今頃必死に探し回ってると思う」
何とも大胆な事をするものだ、と呆れ混りの溜息を一つ吐き、ミードに訊ねた。
「で、貴女はこれからどうするの。私は何をすればいいの」
彼女もまた、大きな溜息を一つ吐き、応える。
「最終的には今あるアンプル、軍ではD兵器と呼んでるんだけど、それの廃棄と研究資料の抹消ね。貴女には研究助手として、手伝って欲しい」
ロイも説明を付け加える。
「彼女の姉キュベレも協力者だ。彼女の研究がD兵器廃棄に役立ちそうなんだ」
一体何時の間に仲直りしたのだろう。あんなに不仲な姉妹だったのに。
「色々あったのよ。それで、どう。手伝ってくれるかな」
「嫌だとは言えないでしょ。もう表に出る事も出きないんだから」
諦め口調の私に、彼女はクフフと含み笑いしながら歓迎の声を上げた。
「ようこそ『終末を超えて生き残る会』通称SBEWへ」




